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侵食
その時だった。
回廊の奥から、慌ただしい足音が駆け込んでくる。
鎧の擦れる音。荒い呼吸。
「陛下!!」
若い兵士が膝をつき、声を震わせた。
「母国にて……
無の侵食が、急激に進行しています!」
空気が凍りつく。
アトラは即座に踵を返した。
「通信室へ!」
転送魔法が起動し、空間に光の幕が展開される。
映し出されたのは――
もはや戦場と呼ぶことすらできない光景だった。
色が、失われている。
白でも黒でもない、“存在しない色”。
音がない。
叫びも、爆発も、風の音すら存在しない。
人々は動かない。
いや――動いた形跡だけが、そこに残されていた。
時間そのものが、削り取られていた。
「……ここまで、来たか」
アトラの声は、低く震えた。
映像の端で、無は確実に居城へと迫っている。
もはや、猶予はない。
ジェイドは即座に命じた。
「残存騎士団に通達!」
「姫殿下を最優先で脱出させよ!」
『畏まりました。。準備は進行中です』
返答は即座だった。
――だが。
画面の片隅に、ひとつの影が映る。
白い衣を纏った、小さな少女。




