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静かなる崩壊
窓の外は、いつもと変わらない昼の光に満ちていた。
校舎の壁に反射した陽射しが、廊下を柔らかく照らしている。
――けれど、その下で、何かが確実に崩れていた。
ほのかは足を止め、スマートフォンの画面を見つめていた。
表示されている通知は短い。
たった一行。
「父が倒れた」
理解するまでに、わずかな時間がかかった。
次の瞬間、世界から音が抜け落ちた。
遠くで誰かが笑っていたはずだ。
椅子を引く音も、チャイムの余韻も、確かにあった。
それらすべてが、水の底へ沈んでいく。
残ったのは、心臓の音だけだった。
強く、規則正しく、耳の奥で脈打つ。
(……倒れた?)
言葉の意味を考えるより先に、身体が反応した。
視界が揺れ、指先がかすかに震える。
次の瞬間、ほのかは走り出していた。
制服の裾が空気を裂き、廊下の景色が流れていく。
立ち止まる理由は、どこにもなかった。
時間を止めることはできない。
戻すことも、選び直すことも。
それでも――
行かなければならない場所が、はっきりと分かっていた。




