伝達なき世界
昼下がりの空に、奇妙な光の筋が走った。
高層ビルの屋上。
コンクリートの床に、風除けのフェンス。
街の喧騒が足元から遠ざかるこの場所で、ヒカリは思わず足を止め、空を仰いだ。
幾筋もの光が、空を裂くように広がっている。
まるで、世界そのものの“血管”が、皮膚の下から露出してしまったかのようだった。
その光景に反応するように、胸元のネックレスが脈打つ。
痛みではない。
けれど確かに――自分の心臓の鼓動と、同じリズムだった。
――聞こえる。
巫女の声。
命令でも、導きでもない。
ただ、事実を告げるだけの声が、風の音に紛れて届いた。
「レイラインが乱れている……
世界の脈が、引き裂かれようとしている」
ヒカリは息を呑む。
それが何を意味するのか、まだ分からない。
けれど――取り返しがつかない何かが始まってしまった、という感覚だけは、はっきりと胸に残った。
空へ伸びる光柱は、次第にその向きを揃えていく。
一本、また一本と、同じ方向へ。
海。
「……どうして、全部……あっちに……」
声は風に掻き消えた。
拳を握りしめても、足は動かない。
世界のどこかが壊れようとしている。
それが分かっていても――
自分の身体は、ひとつしかない。
助けたい場所へ、すべてには行けない。
巫女の声が、もう一度だけ、静かに重なった。
「焦ることはありません。
いずれ“選ばれる場所”は、あなたの方へ来る」
その言葉に、ヒカリははっと顔を上げた。
空の光は、まだ消えない。
けれど、胸の奥だけが、じわじわと熱を帯びていく。
それは希望ではない。
恐怖とも、まだ呼べない。
ただ――
逃げ場のない予感だけが、確かにそこにあった。




