闇の観測者
喫茶店の外。
建物の裏手、街灯の届かない路地裏で、
ひとつの小さな光が瞬いた。
光子で構成された監視妖精。
意思も感情も持たない、純粋な観測装置。
宙に静止したまま、
その光点は喫茶店エクリプスを正確に捉える。
『――裏切り者、発見』
機械的な判断。
迷いも、ためらいもない。
『座標固定。観測データ転送開始』
淡い光が糸を引くように空へ昇り、
夜の闇へと溶けていった。
まだ、ヒカリたちは知らない。
この一瞬が、
世界の均衡を静かに、しかし確実に崩し始めたことを。
*
クロは応急処置を受け、
カウンターの奥の簡易ベッドで横になっていた。
店内は再び静けさを取り戻している。
食器の触れ合う音もなく、
ただ壁掛け時計の針だけが、規則正しく時を刻んでいた。
ヒカリは、かなでの隣に腰を下ろし、
胸元のネックレスを両手で握りしめる。
「……私、何を見せられてるんだろう」
独り言のような呟き。
「……でも、目を逸らせないよね」
かなでは小さく答えた。
声は震えていたが、そこに逃げはなかった。
カウンターの向こうで、
ほのかが窓の外の闇を見つめている。
街の灯りは変わらない。
車の音も、遠くの笑い声も、いつも通りだ。
「もう戻れないわ」
静かな声だった。
「この世界は、あなたを見つけてしまった」
ヒカリは、ゆっくりと頷いた。
理由は分からない。
けれど、その言葉が“事実”だということだけは、理解できた。
コーヒーの香り。
夜の灯り。
変わらない日常の只中で、
確かに何かが始まってしまった。
喫茶店エクリプスの灯りは、まだ消えない。
それは――
影に堕ちた者たちが、再び集う場所になる予感を秘めて。




