――制裁
クロが戻った時、
回廊の空気はすでに凍りついていた。
白霧の通路に、異様な静寂が張りついている。
その中央――
ヴォイドが立っていた。
彼の背後に、三つの光輪が浮かび上がる。
黄金でも、温もりでもない。
ただ“裁定”を象る無機質な輪。
中央から、声が落ちてきた。
〈妖精クロ。
補給管制を欺き、許可なくブーストセルを外部へ配布。
規約違反および反逆行為により――制裁を執行する〉
光が走った。
影が裂ける。
クロの身体を構成していた闇が引き剥がされ、
その隙間から、白い光が噴き出す。
まるで血のように。
クロは動かなかった。
ただ、静かに――笑った。
「……やっぱりな。
これが、お前らの“正義”か」
次の瞬間、
無数の光の鎖が彼の身体を貫き、締め上げる。
妖精としての光子構造が、強制的に解体されていく。
計算された分解。
誤差のない破壊。
そして――
代わりに“肉体”が形成された。
骨。
筋。
皮膚。
血が流れた。
赤い液体が床に落ちる。
それは、かつて妖精には存在しなかったもの。
――感情を持った証のように。
〈これをもって、妖精クロの資格を剥奪。
白霧回廊との接続を永久に断つ〉
声は淡々としていた。
哀悼も、迷いもない。
光が消える。
鎖が砕け、世界が裏返る。
落下。
次にクロが目を開けた時、
そこは――人間の街の片隅だった。
夜。
アスファルト。
遠くのネオン。
頭から血を流し、息は荒い。
身体は重く、視界が揺れる。
けれど、
その瞳の奥だけは、消えていなかった。
「……雪代かなで……」
掠れた声が、闇に溶ける。
「……夜凪ほのか……」
守るべき名を、ひとつずつ呼ぶ。
「……守ってやらなきゃ、な」
誰に命じられたわけでもない。
契約でも、計画でもない。
ただ、自分で選んだ言葉だった。
クロは、ふらつく足で歩き出す。
遠くに見える、あたたかな灯り。
人間の街に溶け込む、小さな光。
――喫茶店「エクリプス」。
そこへ向かって。




