妖精界:白霧の回廊
世界を覆っていた光が消えてから、まだ数日も経っていない。
それでも、街に漂う空気は、
安堵よりも先に――張りつめた緊張に満ちていた。
守護者との戦いは、あまりにも多くを奪った。
魔法少女たちは次々と倒れ、
帝国の兵は結界の奥で、その姿を消していった。
残されたのは、焦げた大地と、
癒えきらぬ傷を抱えた者たちだけ。
そして――
そのすべてを、妖精たちは静かに見下ろしていた。
彼らの視線に、哀悼はない。
あるのは、数字と効率、そして次の一手。
失われた戦力。
消耗した契約者。
まだ動かせる“駒”の数。
「……想定内ね」
どこかで、冷たい声がそう呟く。
その言葉とともに、
この戦いが「終わっていない」ことだけが、
確かな現実として、世界に刻まれていった。
――妖精界:白霧の回廊
無機質な白い光が差す、どこまでも続く円環の空間。
上下左右の感覚すら曖昧なその場に、
数多の妖精たちの幻影が静止したまま浮かんでいた。
空気は沈黙に満ちている。
ここでは、感情も時間も、意味を持たない。
「――報告を開始します。
守護者級対象との交戦により、魔法少女総数の一六%が戦闘不能」
淡々とした無機質な声が響く。
「現地妖精のうち、四体が行方不明。
補充は予定通り、次期契約者から――」
数字だけが積み上げられていく。
その瞬間、中央に浮かぶ黄金の輪が、わずかに光を帯びた。
〈……これ以上の損耗は、我々の計画に遅延をもたらす〉
女王の声。
それは怒りでも悲嘆でもない、
“事実の確認”のような冷たさを持っていた。
〈よって、魔法少女個体の力を一時的に引き上げる
“試験運用”を許可する〉
回廊の空気が、ほんのわずかにざわめく。
〈必要エネルギーは、回廊から直接供給せよ〉
その一言が意味するものを、
ここにいる妖精たちは全員、理解していた。
――ブーストセル。
魔法少女一人の戦闘力を、理論上五倍まで引き上げる強化装置。
同時に、生命力と魔力を急速に消耗させる、
極めて危険な“禁忌”の技術。
「被験者の選定は、各地の現地妖精に一任される」
無機質な声が、当然のように続けた。
ヴォイドは沈黙していた。
犠牲は計算済み。
感情は不要。
それが正しい判断だと、彼自身が最も理解している。
――だが。
その会議を、回廊のさらに奥。
光の届かぬ影の中から、ひとつの存在が見つめていた。
黒い狼の姿をした妖精――クロ。




