夕暮れの約束
夕焼けが、街を金色に染めていた。
病院の屋上には、まだ戦いの傷跡を残す風が吹いている。
フェンスの影が長く伸び、その端に二つの小さな影が並んでいた。
雪代かなでが包帯を巻いた手を胸に当て、空を見上げる。
オレンジ色の雲の向こうで、太陽がゆっくりと沈んでいく。
「……あの日、何が起きたんだろうね」
彼女の声は、風に溶けるように小さかった。
隣では黒い狼――クロが座っている。
尻尾をゆるく振りながら、どこか遠くを見るような目をしていた。
「お前が気にすることじゃない。
まだ癒えてないんだろ、傷」
「ふふ、優しいね、クロ」
「勘違いするな。妖精として当然の確認だ」
そっぽを向いた声が、わずかに照れているようにも聞こえた。
かなでは小さく笑い、風に髪をなびかせた。
「でも、また会いたいんだ……ヒカリちゃんに」
クロがその名前に反応して、耳をぴくりと動かす。
「お前、あの子のこと……」
「うん。すごかった。
あんな光、見たことない。
私たちが守ろうとしてた“世界”そのものみたいで……」
クロはしばらく黙っていた。
やがて低く息を吐き、目を細める。
「……あの光は、妖精の記録にすらない。
でも、俺は嫌いじゃなかった。
ああいう真っ直ぐなもの」
かなでは静かに頷き、沈みゆく太陽に手を伸ばす。
「きっと、また会えるよね。
だって、あの光は“誰かを守りたい”って言ってたから」
クロは何も言わず、夕焼けに染まる街を見つめた。
風が二人の間をすり抜けていく。
――その頃、別の窓辺。
ヒカリは病室のベッドに座り、
首にかけたネックレスをじっと見つめていた。
ガラス越しに見える空は、夕陽で赤く染まっている。
光を受けたネックレスの中心――
ハート型のダイヤが微かに脈を打ち、
淡い白い光が胸元を包んだ。
「……また、呼んでるの?」
ヒカリはそっと囁く。
返事はない。
けれど、胸の奥に優しい温もりが広がっていく。
まるで誰かが、遠くで「大丈夫」と言ってくれているように。
ヒカリは窓の外を見つめた。
夜が来る。けれど、その先には必ず朝がある。
その確信が、静かに胸の奥に灯った。
両手でネックレスを包みながら祈る様に・・・
「私は――守るよ。
もう誰にも、傷ついてほしくないから」
その言葉とともに、ネックレスの光がひときわ強く瞬いた。
それは、巫女たちの祈りに応えるように。
そして、街のどこかで――
黒い狼と、包帯を巻いた少女が、
同じ空を見上げていた。
夕暮れの約束。
それが、新たな光の始まりだった。




