白い巨熊
ヒカリは必死に走っていた。
肺が焼ける。喉が裂けそうだ。
それでも、足だけは止まらなかった。
「……何か、起きてる……」
その瞬間だった。
空気が、押し潰されたように重くなる。
地面が軋み、遠くの景色がわずかに歪んだ。
衝撃――ではない。
世界そのものが、一度“息を吐いた”ような感覚。
反射的に立ち止まり、腕で顔を覆う。
その指の隙間から――ヒカリは、それを見た。
そこに、“在った”。
体長二十メートルを超える、白い巨熊。
全身は淡い光に包まれ、輪郭は現実と夢の境界に滲んでいる。
背中からは、白い茨のような蔓が四本、ゆっくりと空へ伸び、
まるで――世界そのものを探る“指”のように蠢いていた。
「……なに、あれ……」
声は震えなかった。
恐怖ではない。
胸の奥が、強く――痛いほどに共鳴していた。
心臓が、勝手に脈を打つ。
呼吸のリズムが、何かと重なっていく。
巨熊の瞳が、ゆっくりとこちらを向く。
逃げ場はないはずなのに、足は動かなかった。
その瞬間。
ヒカリの胸元で、ネックレスが淡く、しかし確かな光を放つ。
白い光が脈打ち、鼓動と完全に同調する。
――分かってしまった。
あれは、敵ではない。
そして、味方でもない。
「――貴方は、“選ばれた者”なのです。」
声は、外からではなかった。
耳でも、頭でもない。
魂の奥に、直接触れる声。
次の瞬間、
視界が白く弾けた。
光が、世界を覆い尽くす。
音が消え、時間が溶け、
ヒカリの意識は――その中心へと引き込まれていった。




