夜凪ほのか、影より出ず
結界の外縁近く、瓦礫の陰にひとつの黒い影が揺らいでいた。
黒狼クロが低く唸る。
その隣で、夜凪ほのかはしゃがみ込み、戦場を静かに見据えている。
結界の内側。
盾と剣を構え、前線で指示を飛ばす男――グラン。
無駄のない動き。視線も呼吸も乱れがない。
「……指揮官、確認」
小さく呟き、ほのかはクロを見る。
「クロ、影のリンクを」
黒い影が地を這い、彼女の影と重なった。
同時に、ほのかは呼吸を整え、時間をほんの一拍だけずらす。
(外界を書き換えるほどの魔力は使わない)
(その分を、防御と回避に回す)
空気が歪む。
音が引き伸ばされ、世界の反応だけが遅れる。
乾いた破裂音が、結界の縁を打った。
銃声。
放たれた弾丸は一直線にグランへ向かう。
だが、次の瞬間。
火花が散った。
「……ッ、速い!」
グランは反射的に盾を構え、弾丸を弾き落としていた。
迷いのない動作。
だが――
(魔法少女の攻撃じゃない――
だが、この精度を、人間の反射で……?)
一瞬の困惑が、脳裏をよぎる。
その刹那、ほのかの姿が地面を滑るように迫った。
銃を撃ちながら間合いを詰め、
さらに時間の流れを微かに撹乱する。
視界が“ずれる”。
次の瞬間、ほのかの身体が宙を舞った。
銃口は常に標的を捉えたまま、
前方回転しながら両脚を伸ばし、滑空する。
タタタタッ――!
連続射撃。
弾丸が光の軌跡を描き、結界内を切り裂く。
グランは盾を斜めに構え、弾道を読み切って受け流す。
それでも、腕に走る衝撃に歯を食いしばった。
「……冗談だろ」
斉射だ。
魔力を纏った高速弾を、すべて防ぎ切る。
常人の反射ではない。
だが、魔力反応もない。
ほのかは着地と同時に回転を止め、膝をついた。
間髪入れず、再び銃を構える。
冷え切った瞳が、まっすぐにグランを射抜く。
「……任務対象、確認。
排除を優先する」
クロの影が地面に広がり、彼女の背に絡みつく。
闇が形を変え、少女の輪郭が一瞬、かき消えた。
その刹那――
戦場の空気が、確かに変わった。
(……全弾、防がれた)
ほのかは内心で淡々と評価する。
(盾の使い方が異常。
反射じゃない。弾道を“見ている”)
一拍、息を置く。
(正面突破は非効率。
この指揮官――想定以上)
その直後だった。
結界の中心部。
地面の奥から、低い鼓動のような振動が伝わってくる。
ドクン。
ドクン、と。
大地そのものが、呼吸を始めたかのような感覚。
「……?」
グランが違和感に気づいた瞬間、
パープルクリスタルの脈動が、わずかに乱れた。
魔力の流れが、これまでとは逆向きに歪み始める。
「全隊、警戒――!」
だが、その声は途中で掻き消された。
結界の向こう側。
誰の視界にも収まらない“何か”が、
静かに――目覚めようとしていた。




