帝国側 ――防衛線展開
朝靄の立ち込める丘陵地。
なだらかな起伏が連なるその地は、本来ならば風の音しか響かない静かな場所だった。
淡く紫の光を帯びた金属装置を抱え、帝国兵たちが等間隔に整列している。
鎧の擦れる音すら抑えられ、そこにあるのは徹底された静止だった。
その中心に立つのは、茶髪の青年――第十位騎士グラン。
肩に止まった黒いカラスが、低く一声鳴く。
「……そうだな、クロウ。風の流れも問題なし」
彼は小さく頷き、足元に紫の結晶を突き立てた。
金属が地に食い込む、鈍い感触。
「展開――」
短い号令。
次の瞬間、大地の奥から波紋のように紫紺の光が走った。
地表を這う光は瞬く間に広がり、空気そのものを押し上げる。
重圧。
耳鳴りにも似た感覚が走り、朝日が歪んで屈折した。
半径およそ二キロ。
巨大な半透明のドームが、丘陵一帯を静かに覆い尽くす。
「……結界、安定。魔力干渉、完全遮断」
グランは淡々と状況を確認し、兵たちの方へと振り返った。
その眼差しは柔らかい。
だが、迷いはない。
「聞け、諸君。俺たちはこの地を守るために来た」
静かな声だったが、不思議と全員に届いた。
「帝国の名に恥じぬよう、最後まで立っていろ」
一拍。
空気が張り詰める。
「――我々は帝国の剣であり盾だ。敗北は許されない」
「はっ!!」
重なり合う声が、結界の内側で反響した。
グランは剣を掲げ、ほんのわずかに笑みを浮かべる。
「……行くぞ!」
兵士たちが一斉に配置につく中、クロウが小さく翼を広げた。
まるで「任せた」と言うかのように。
グランは軽く肩を竦め、誰にも聞こえない声で呟く。
「……分かってるよ」
丘陵を包む紫の結界の内側で、
帝国の防衛線は、静かに完成していた




