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彼女の選んだ世界  作者: taka
第5章 すれ違う心
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山の家にて

山の空気は澄んでいて、肺に入るたびに少し冷たい。

木々の間を抜ける小道を歩きながら、ヒカリは息を弾ませた。

道の先に、瓦屋根と白壁の大きな日本家屋が見える。

それが、祖母の家だった。


庭の周囲には竹垣が巡らされ、季節の花が静かに咲いている。

どこか懐かしく、けれど都会ではもう感じられない

“時間の流れ”が、そこにはあった。


「……やっぱり、落ち着くなぁ」


玄関の引き戸を開けると、ふわりと花の香りが漂う。

視線を下ろすと、一対の生け花が目に入った。

白い椿と薄桃の梅、そして一輪だけ、紫の菖蒲。


「綺麗……」


思わず見とれていた背に、柔らかな声がかかる。


「気に入りましたか、ヒカリ」


振り向くと、淡い色の着物を纏った祖母が立っていた。

背筋を伸ばし、穏やかな笑みを浮かべている。

まるで一枚の絵から抜け出したような佇まいだった。


「おばあちゃん!」

ヒカリは駆け寄り、祖母に抱きつく。

祖母は少し驚いたように目を細め、

ゆっくりとその頭を撫でた。


「ようこそ。よく来ましたね。

 その花……あとで一緒に活けてみましょうか」

「えっ、いいの?」

「ええ。あなたの手にも、きっと似合いますよ」


その言葉に、ヒカリは首を傾げた。


靴を脱ぎ、廊下を歩くと、畳の香りが心地よく広がる。

庭には池があり、小さな鯉が陽の光を反射させて泳いでいた。


「ねぇ、おばあちゃん。今日は泊まっていっていい?」

「もちろん。

 お母さんからも連絡をもらっています。

 夕飯も、お風呂も、もう準備してありますよ」


「やった、ありがとう!」


ヒカリは笑った。

けれど、そのとき――

祖母の瞳が、ふと遠くを見た。


「……今夜は、少し風が出るかもしれませんね」


「え?」

「いえ。夕食の前に、庭を見てきなさい」


言われるまま、ヒカリは庭に出た。

沈みゆく夕陽が、木々の影を長く伸ばしている。


その奥――

山の方角から、かすかに風の唸る音が届いた。


それは、

何かが動き出そうとしているような、

そんな気配だった。

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