朝の風と私
朝の風は、少しだけ冷たかった。
まだ眠りきらない街を撫でるように、頬をかすめていく。
山と海の間にあるこの町は、空気が澄んでいる。
春になると通学路の両脇に野花が咲き、朝日を浴びた花びらが、まるで小さな光を宿したみたいにきらきらと揺れる。
私――立花ヒカリ、十四歳。
どこにでもいる、普通の中学生。
毎朝こうして坂道を下りながら学校へ向かう。
遠くの山から聞こえる鳥の声。
風が木々の間を抜ける音。
その全部が、胸の奥を静かに落ち着かせてくれる。
この道を歩く時間が、わりと好きだった。
理由はうまく説明できないけれど、
ここでは「考えすぎなくていい」気がするから。
いつもと同じ景色。
変わらない朝。
――この世界が、ずっとこのままだったらいいのに。
そんなことを考えた自分に、少しだけ照れくさくなる。
変わらない日常を願うなんて、特別なことじゃない。
きっと、誰だって同じだ。
昨日と同じ朝を迎えられること。
同じ道を歩いて、同じ空を見上げられること。
それだけで、本当は十分幸せなのかもしれない。
海風が髪を揺らす。
見上げた空は、雲ひとつない青だった。
町の屋根の向こう、ビルの壁に設置された大きなモニターが、かすかに光を放っている。
朝のニュース番組。魔法少女の特集だ。
七年前から、彼女たちの名前は当たり前のように流れている。
華やかで、強くて、いつも笑顔で――
画面の向こうの存在。
私とは、違う世界の人たち。
それなのに、目を逸らせない。
心のどこかが、引っかかる。
――いつか私も、あんなふうに誰かを守れたら。
その考えに、胸の奥が少しだけ熱くなる。
でもすぐに、現実が追いつく。
私には、特別な力なんてない。
誰かの前に立てるほど、強くもない。
それでも、
「守りたい」と思ってしまう自分がいることだけは、否定できなかった。
鳥のさえずりと、遠くの波の音が、胸の奥でひとつに溶けていく。
私は今日も、坂を下っていった。




