すれ違う朝
翌朝。
ヒカリは、いつもの通学路を歩いていた。
空は澄みきっていて、春の風が頬をくすぐる。
坂道の両脇には小さな花が咲き、
昨日までと何一つ変わらない景色が広がっている。
それなのに――
胸の奥だけが、うまく呼吸できない。
(……夢、じゃなかった)
何度考えても、そう思ってしまう。
昨夜見た光。
弓を構えた少女。
そして、その横に浮かんでいた冷たい気配。
目を閉じると、はっきり思い出せる。
忘れようとするほど、輪郭が鮮明になる。
ヒカリは胸の前で両手を組み、
深く息を吸い込んだ。
「……普通にしてればいい」
「いつも通り、で……」
そう言い聞かせるように呟く。
学校の門の前に、かなでの姿が見えた。
制服も、歩き方も、髪の揺れ方も、昨日までと同じ。
――それなのに。
「おはよう、ヒカリちゃん!」
向けられた笑顔は、確かにいつものものだった。
明るくて、柔らかくて、
見ているだけで安心する、あの笑顔。
でも。
その瞳の奥に、
ほんのわずか――
眠りきらない夜の影が滲んでいる。
「おはよう……かなでちゃん」
「昨日、何してたの?」
自分でも驚くほど、自然に言葉が出た。
「え?」
かなでは一瞬だけ瞬きをして、
すぐに笑う。
「うん、ちょっと出かけてただけだよ」
その声は軽い。
けれど、どこか温度が足りなかった。
ヒカリは、その横顔から目を離せなくなる。
(……やっぱり)
――昨日、あの光の中にいたのは、
間違いなく、かなでちゃんだった。
でも、今の彼女は、
それを「なかったこと」にしている。
「ヒカリちゃん?」
「え、あ……ごめん。ちょっと考え事してた」
慌てて笑うと、かなではくすっと笑った。
「もう。朝は弱いんだから」
「うるさいなぁ」
いつも通りのやり取り。
それだけで、世界は元に戻ったように見える。
――でも。
ヒカリの心だけが、戻れなかった。
花の香り、鳥の声、
穏やかな朝の音の奥で、
確かに何かが軋む音がしている。
(知らなかった頃には、戻れない)
そう気づいた瞬間、
胸の奥が、きゅっと締めつけられた。




