――彼女の選んだ世界
……あの日から、どれくらい経ったんだろう。
時計はちゃんと進んでいる。
朝も夜も来るし、季節も巡る。
街も、人も、何事もなかったみたいに動いている。
――でも。
ヒカリちゃんだけが、いない。
「死んだ」とは言われていない。
誰も、そうは言えなかった。
世界樹の門は崩れて、
あの場所へ戻る道は、もう無いんだって。
大人たちは難しい言葉で、何度も説明した。
でも、それって結局――
「分からない」ってことだよね。
だからヒカリちゃんは、
今もどこかにいるのかもしれない。
……そう思うのを、
誰も止められなかった。
ヒカリちゃんの家は、あのままだ。
部屋も、机も、
置きっぱなしの本も、
少しだけずれた椅子も。
「帰ってきたら困るから」って、
片付けないんだって。
お母さんは笑って言った。
笑ってたけど、
その声は、ちょっと震えてた。
お父さんは、
あまり何も言わなくなった。
ただ、夜になると、
玄関の方を見る時間が増えた。
――鍵の音がしたら、って。
私はその家に行くたび、
胸が苦しくなる。
だって私は、知ってるから。
ヒカリちゃんが、
どんな顔で、
どんな気持ちで、
最後に“あっち”へ踏み込んだのか。
「ごめんね」って言わなかった。
「ありがとう」も言わなかった。
ただ、ほんの一瞬だけ――
笑った。
たぶん、
あれがヒカリちゃんの選択だった。
正しかったのかどうかは、分からない。
世界は救われたのかもしれない。
何も変わっていないのかもしれない。
それでも確かに、
“選ばれた瞬間”はあった。
私の手を振りほどいて、
前に進んだ、あの一歩。
あの時、
止めることもできたのかもしれない。
でも私は、
呼ぶことしかできなかった。
だから今も、ときどき思う。
もし、あの時――
なんて。
……でもね。
ヒカリちゃんは、
きっと後悔してなかった。
それだけは分かる。
だって、
あの人はそういう人だったから。
優しくて、
不器用で、
選ばなくていい道を、
いつも自分から選ぶ人。
……人生ってね。
選択の連続なんだと思う。
選ばなかった道の先は、
もう、誰にも分からない。
だから私は、
今も生きてる。
ヒカリちゃんがいなくなった世界で。
――いつか、
「おかえり」って言える日が来るかもしれない。
来ないかもしれない。
それでも。
私は、待つことを選ぶ。
それが、
ヒカリちゃんと一緒にいた私の――
選択だから。




