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彼女の選んだ世界  作者: taka
最終章 彼女の選んだ世界
113/115

氷の庭、そして選択

 王城の庭には、雪ではない氷が舞っていた。

 粉雪のように細かく、だが触れれば刃となる冷気が、静かに空間を支配している。


 ヒカリは息を整えながら、女王と向き合っていた。

 距離はある。だが、それは意味を成していない。この庭そのものが、彼女の間合いだった。


「ここは、運動には丁度いいわね」


 女王は穏やかに言った。

 その足元から、音もなく氷が盛り上がる。花弁のように開き、二メートル、三メートルと伸びる氷の花が、ヒカリの進路を塞いだ。


 逃げ場は、確実に削られていく。

 即死を狙う攻撃ではない。だが、動きを奪い、判断を遅らせ、心を折るための戦い。


 ――教育。


 ヒカリは歯を食いしばり、隙間を縫うように踏み込んだ。

 だが氷は地面だけでなく、空間そのものを縛ってくる。


 その時だった。


 かなでが、静かに踵を返した。


 援護に入ろうとして――理解したのだ。

 ここは、自分が割り込める戦場ではない。

 なら、やるべきことは一つ。


 世界樹の根元へ。


 管理から外れたように配置された、世界樹の実へ。


「……あら」


 女王の視線が、初めてそちらへ向いた。

 感情は動かない。興味すら、薄い。


 ――路傍の石。払えば終わる存在。


 女王は指先を軽く振る。

 広範囲に広がる、氷の奔流。精密さはない。ただの一掃。


「かなで――!」


 ヒカリは考えなかった。考える前に、身体が動いた。


 氷の流れに飛び込み、かなでを突き飛ばす。

 次の瞬間、世界が白く弾けた。


 衝撃。冷気が肉を裂き、感覚を奪う。

 ヒカリは地面に叩きつけられ、息を詰まらせた。


 そして――胸元のネックレスが、激しく脈動した。


(……っ、アトラ……!)


 流れ込んでくるのは、彼の痛み。

 削られ続ける命。門を維持するために、すべてを燃やしている感覚。


(……間に合わない……!)


 その恐怖が、初めてヒカリの胸を締め付けた。


「ヒカリちゃん!」


 かなでの声。


 視線の先で、かなでは世界樹の根元に辿り着いていた。

 実は、そこにあった。眩いほどに主張することもなく、ただ静かに。


 一瞬の躊躇。

 それでも、かなでは手を伸ばす。


 世界が、息を止めたような感覚。


 実は、確かに彼女の手の中にあった。


「……そう」


 女王は、その光景を見て微笑んだ。

 驚きはない。怒りもない。


 理解しただけだ。

 ヒカリの選択を。その甘さを。そして、その強さを。


 かなでが叫ぶ。ヒカリの名を。戻るために。


 ヒカリは歯を食いしばり、立ち上がろうとする。

 だが、身体は言うことを聞かない。


 女王は、それ以上追わなかった。


 庭に、静寂が戻る。


 やがて、騎士たちが駆け付ける。

 だが、女王は叱責しない。


 勝敗は、すでに決している。


 女王はワインを手に取り、一口含んだ。

 庭の外、遠い空を眺めながら、ぽつりと呟く。


「……長くは生きられないわよ、あなた」


 それは呪いでも、脅しでもなかった。

 ただの――診断だった。


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