氷の庭、選択の瞬間
庭に足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。
花々は美しく整えられたまま。
だが、世界の“密度”だけが一段階、引き上げられる。呼吸が重い。音が遠い。
女王は、庭の中央で立ち止まった。
「ここなら良いでしょう」
振り返る。表情は穏やかだったが、瞳の奥には――一切の情がない。
「教育よ。
興味を持った後進に、現実を教えるのは、王の務めだもの」
女王が片手を上げる。
力感のない動き。だが次の瞬間、庭の空間そのものが軋んだ。
ヒカリの周囲に、氷色の光が咲く。
――衝撃。
防御結界が軋み、足元の石畳が砕け散る。
致命傷ではない。だが、確実に“削られた”。
「……っ!」
ヒカリは膝をつく寸前で踏みとどまった。
「安心なさい。あなたを殺す気はないわ」
女王は淡々と続ける。
「世界に選ばれた存在は貴重よ。
――だからこそ、折れるまで試す」
ヒカリは理解した。
(……かなでは、動けない)
実力差ではない。介入できない構図が、最初から完成している。
かなでは歯を食いしばり、動けずにいた。
一歩踏み出せば、即座に排除される。それが分かってしまう。
女王はヒカリだけを見ている。
視線が逸れない。
(……なら)
ヒカリは、女王の“教育”を受け止め続けるしかない。
その間に、かなでは――「未来」を掴む役だ。
胸元のネックレスが、荒く脈打つ。
(……アトラ……まだ、支えてる)
痛みが、情報みたいに流れ込む。
命が削れている感覚。限界を越えて、なお維持している意志。
ヒカリは歯を食いしばり、立ち直る。
「……続けるなら、来て」
言葉は震えていない。震えているのは世界の方だ。
女王は微笑んだ。
「ええ。良い子ね」




