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彼女の選んだ世界  作者: taka
最終章 彼女の選んだ世界
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氷の女王

 転移の感覚は、予告もなく訪れた。


 足元が抜け落ちるような浮遊感。

 視界が一瞬、白く反転し――次の瞬間、硬く冷たい床の感触が足裏に戻る。


「……ここ、どこ?」


 小さく声を落としたのは、かなでだった。


 高い天井。

 白と淡い蒼で統一された広間は、過剰な装飾を排しながらも、圧倒的な威圧感を放っている。

 壁も床も磨き抜かれ、氷を切り出して造ったかのように澄み切っていた。

 寒さはない。だが、空気そのものが、静かに張り詰めている。


 ヒカリは一歩遅れて周囲を見渡した。

 胸元のネックレスが、微かに脈打っている。


(……知らない場所のはずなのに)


 理由は分からない。

 それでも、ここが「戦場ではない」ことだけは、なぜか理解できてしまった。


 玉座の間ではない。儀式の場でもない。

 ――王が鎧を脱ぎ、独りで思考するための場所。


「ずいぶんと大胆なお客人ね」


 その声は、背後から静かに響いた。


 振り返ると、そこには一人の女がいた。


 白銀の髪をゆるく流し、透き通るような青の瞳を持つ女王。

 年の頃は人間で言えば三十代ほど。若さにも老いにも偏らない、均衡の取れた美しさだった。


 彼女は肘掛け椅子に腰掛け、片手にワイングラスを持っている。

 戦場のただ中にいるとは思えないほど、優雅な仕草。


「驚かせてしまったかしら?」


 微笑みながら、女王は言った。


「安心なさい。ここでは争わないわ。――少なくとも、今は」


 かなでは一歩、ヒカリの前に出かけて、すぐに踏みとどまる。

 本能的に理解していた。この女の前では、軽率な行動は命取りになる。


「……あなたが、妖精の女王?」


 ヒカリの問いに、女王はゆっくりと頷いた。


「ええ。そう呼ばれているわ」


 ワインを一口含み、グラスを傾ける。


「立花ヒカリ。世界に選ばれた“始まりの少女”。

 それから……貴女」


 女王の視線が、かなでへと移る。


「え、えっと……雪代、かなでです」


「そう。……覚えておくほどの名前ではないけれど」


 悪意のない声音。

 それが逆に、かなでの胸をちくりと刺した。


 女王は再びヒカリへ視線を戻す。


「飲む?」


 差し出されたグラスに、ヒカリは首を振る。


「……今は、いいです」


「そう。残念ね」


 女王は気にする様子もなく、グラスを戻した。


「さて。話をしましょうか。

 貴女たちがここに来た理由は、分かっているわ」


 ヒカリは唇を噛みしめる。


「……世界樹の実を、返して欲しい」


 その言葉に、女王は微かに目を細めた。


「率直ね。嫌いじゃないわ」


 そして、静かに首を振る。


「けれど、それは出来ない」


「どうして……!」


 思わず声を荒げかけたヒカリに、女王は穏やかに言った。


「理由は単純よ。あれは“保険”だから」


「保険……?」


「ええ。国とは、存続するために手段を選ばないもの。

 世界樹の実は、我が国の未来を繋ぐ切り札。

 それを手放す理由が、どこにあるのかしら?」


 言葉は柔らかい。だが、論理に一切の隙がなかった。


 ヒカリは言葉を探す。

 ――アトラのこと。

 ――この世界の人々のこと。

 ――守りたい未来。


 考えれば考えるほど、言葉が絡まり、形にならない。


 女王はそれを見て、微かに微笑んだ。


「……惚れているのね」


「え?」


「アトラに」


 ひゅっと、息が詰まる。


「彼はね、王としては失格よ」


 女王は淡々と告げる。


「優しすぎる。前線に立ち、民の被害を抑え、敵にさえ誠実であろうとする。

 戦場では美徳。でも、王には不要な資質」


 ヒカリは反論しようとして、口を開き――閉じた。

 何を言っても、感情論になる。それが、自分でも分かってしまった。


「……でも」


 ようやく絞り出した声は、弱々しかった。


「それでも、あの人は……」


「ええ、分かっているわ」


 女王は、意外にも優しい声で続けた。


「だからこそ、私は彼を評価している。

 現場指揮官としては優秀。個人戦力も高い。

 部下にするなら、悪くない」


 ヒカリは、完全に言葉を失った。


 ――勝っている。

 この女は、すでに勝者の立場にいる。


「安心なさい」


 女王は立ち上がり、ヒカリの前に歩み寄る。


「貴女は興味深い。

 世界に選ばれた力。迷いながらも守ろうとする意志。

 教育する価値はあるわ」


 指先が、ヒカリの顎に触れかけて――止まる。


「でも」


 女王は一歩引いた。


「王とは、下の者のために身を投げ出す存在ではない」


 その瞬間だった。


 ヒカリの視界の端で、かなでが小さく身じろぎする。


 次の瞬間――ヒカリは、考えるより先に動いていた。

 かなでを庇うように、一歩前へ。


 女王は、その光景を見て、ほんの一瞬だけ目を見開き――すぐに、くすりと笑った。


「……そう動くわよね」


 責めるでも、驚くでもない。


「貴女がどんな人間か、よく分かったわ」


 ワインを置き、女王は静かに告げる。


「では――次は力の話をしましょう」


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