スキル至上主義の世界に告ぐ
・2025年12月31日 誤字修正
誤字報告ありがとうございます。
――コツ、コツ、コツ。
薄暗い通路を黙々と進む。
戻る道はすでに閉ざされ、脇道は存在しない。
進む先は明るく、出口の向こうには光も射す。
だが、光が必ずしも希望を意味するとは限らない。
『さあ、次はいよいよメインイベント! 当闘技場が誇る十傑の一人、不屈の黒騎士! 対するは、先日召喚されたばかりの異世界人です! なんと、この異世界人、スキルを一つも持っていません!!』
ここは円形闘技場。
勇猛果敢な剣闘士の妙技に歓声を送り、血生臭い殺人ショーに酔いしれる。
命を消費する娯楽の場だった。
この世界には、スキルと呼ばれる能力が存在する。
それは、努力して習得する技術ではない。
スキルに覚醒すると、いきなりその能力を使えるようになる。
スキルによって得られる能力の内容は様々だが、強力なものが多い。
戦闘系のスキルならば、人間離れした身体能力を得たり、物理法則を無視したかのような強力な必殺技が使えるようになることもある。
生産系のスキルならば、高性能高品質なものを作れたり、途中の工程を飛ばして完成させたりすることができる。
スキル無しでは為しえないこと、できたとしても困難なことも多いため、有用なスキルの保有者は優遇され、待遇の良い職に就ける。
逆に、役に立たないと考えられているスキル、有用であっても保有者が多すぎて人が余っているようなスキルしか持たない者は冷遇される。
そして、発現するスキルは先天的に決まっていると考えられていた。
ほとんどの者が十歳前後にスキルを発現し、その後新たなスキルを獲得することがないからだった。
稀に成長してから新しいスキルを得る者もいるが、それは幼少期に発現するはずだったスキルが遅れて現れたと考えられた。
だから、人の価値は生まれた時から決まっている。
人の価値とは、その者の持つスキルで決まる。
それがこの世界の一般的な価値観、スキル至上主義である。
数あるスキルの中に、異世界召喚と呼ばれるものがある。
異世界――どこか別の世界から人を呼び出すという、非常に珍しいスキルである。
スキルを使用するための条件が厳しくて頻繁には使えない、失敗することもある、どんな人物が呼び出されるかは運しだいと使い勝手の悪い能力ではあったが、異世界召喚は何度も実行された。
召喚された異世界人は、有用で強力なスキルを持っていることが多かったからだ。
正確には、元の世界ではスキルを持たないのだが、召喚された時にスキルに覚醒するらしい。
理由はわからないが、有用なスキルを持つ者ならば優秀な者だ。
多数の異世界人が召喚され、その多くが活躍した。
だが、何事にも例外はある。
異世界人の多くは有益で強力なスキルを持っていたが、中には見るべきスキルを持たない者も存在していた。
召喚した異世界人が有用なスキルを持っていなかったからと言って、送り返すことはできない。
できたとしても、無駄な労力と断じて行わないだろう。
異世界人でも有用なスキルを持たない役立たずに便宜を図るほど、この世界は親切ではない。
それに、異世界召喚は失敗したとしてもそれなりのコストがかかる。
少しでも元を取るために、役立たずの異世界人は闘技場に売り払われるのだ。
闘技場の剣闘士は、スキルに恵まれず、社会的に落ちこぼれた者が最後に行き着く場所の一つだった。
剣闘士には誰でもなれる。
かつては一流の剣士だけがなれる名誉職だったそうだが、今では野蛮な殺し合いを見せるだけの娯楽と化している。
嬲り殺しにされる覚悟さえあれば、ど素人でも剣闘士を名乗ることができた。
その多くは短い期間で死ぬか、再起不能の大怪我をして引退することになる。
それでも、最底辺の人間にとっては挑戦する価値があった。
役立たずと思われていたスキルでも、工夫次第で戦えることを示すことができたら。
自分の中に眠っていた有用なスキルを覚醒することができたなら。
自分が有用なスキルを持つ者であることを証明できたならば、社会に復帰することも可能なのである。
実際、過去において闘技場から成りあがった者もいるらしい。
そこまでいかなくても、闘技場の中で勝ち続ければ、それなりの生活は保障される。
本気で化け物のような強さのスキルを持つ者は剣闘士にはならない。
この世界には危険な魔物もいれば、国と国との戦争もある。
真の強者には相応しい戦場があり、活躍に見合った地位と名誉と富が与えられる。
それだけの実力がありながら闘技場に居座れば、臆病者の誹りを受けることになる。
だから、スキルに恵まれなかった弱い者同士で戦っていれば、生き残る目もあるだろう。
そんな甘い考えで剣闘士になる者は長生きできない。
闘技場は娯楽を提供して収益を得ているのである。
低レベルな者同士の泥仕合にもある程度需要はあるが、それだけでは飽きられてしまう。
弱くても人気のある者ならばよい。
あるいは、格闘ショーに徹して試合を盛り上げられる者も役に立つ。
評判の悪い嫌われ者でも、やられるところを見たいという客を呼び込む効果がある。
しかし、ただ弱いだけの有象無象はそこまで大勢必要ではない。
だから、見込みのない剣闘士は定期的に間引かれる。
強い相手、時には魔物との対戦を強制され、殺人ショーが行われるのである。
闘技場の剣闘士にもそれなりに強い者はいる。
最前線で戦う一流の戦士ほどではないが、戦闘用の強力なスキルを持つ格上の剣闘士だ。
世間一般では臆病者扱いされるが、闘技場ではスタープレイヤーとなる。
闘技場によって呼称は異なるが、どこでもこうしたスタープレイヤーを何人も抱えている。
十傑とは、闘技場の顔となる強者であり、役に立たない剣闘士を粛清する処刑人だった。
「よく来たな、異世界人。スキルが無いようだが手加減はせぬ。あっさり死なないように、せいぜいあがくことだ。」
黒騎士の言葉に観客が沸く。
闘技場に送られてきて間もない異世界人が、いきなり最強の一角である十傑と対戦することには訳がある。
異世界人の多くは有用で強力なスキルを持ち、大活躍する。それは、国や社会にとって有益なことだ。
だが、すべての人間が歓迎しているわけではない。
異世界人が活躍することで自分の活躍が目立たなくなり割を食ったと感じる者。
異世界人の始めた商売や作った商品に客を奪われて利益が減ったと考える者。
やっかみも含めて、この世界の地位や名誉や富が異世界人に奪われたと思う者は少なくない。
また、活躍して名声を得たことで増長し、横柄にふるまって嫌われる異世界人も多い。
そうした異世界人に不満を持つ者は、異世界人が負けるところを見るために闘技場にやってくるのだ。
異世界人が活躍する話は聞き飽きた。闘技場でまで活躍する必要はない。
観客が見たいのは、異世界人が打ちのめされ、血を流し、惨めに命乞いをし、無残に殺される場面だ。
だから、異世界人の出場する試合では、必ず異世界人は負ける。
異世界人を確実に圧倒するために、十傑――黒騎士が対戦相手に選ばれたのだ。
先ほど手加減しないといった黒騎士ではあるが、実際には最初から全力で倒しに行く気はない。
時間をかけて嬲り、観客の反応を見ながらその場で殺すか殺さないかを決める予定であった。
この場で殺されなかった場合、今後も負け試合を死ぬまで繰り返し行うことになる。
闘技場に流れてきた異世界人が、最終的に試合で死ぬことに変わりはないが。
殺人予告ともとれる黒騎士の挑発に対し、しかし、異世界人の青年は動じなかった。
己の運命を理解しているのかいないのか。
緊張感のない声で応える。
「へえ、ここから客席まで声が届くのか。ならば、こちらからも言わせてもらおうか。」
異世界人は、いったん視線を黒騎士から外し、観客に向き直って声を張り上げた。
「僕は突然この世界に連れてこられた。異世界召喚のスキルによる強制的で、帰る手段も存在しない拉致だ。そのうえ、僕にスキルが無いと知ると、こんなところに売り飛ばして戦えという。理不尽だ。この世界は誘拐と人身売買が公然と行われる犯罪社会だ。」
異世界人は、自分が犯罪の被害者だと主張するが、観客の反応は嘲笑とブーイングだった。
この世界ではスキルによって人の価値が決まる。
スキルを全く持たない無価値な人間の言い分は、どれほど正しくても誰も聞く耳を持たない。
それでも、異世界人は言葉を続ける。
「僕はこの世界の全てを憎む。だから、この世界の全てに対して復讐をしようと思う。今、ここからだ。」
これには観客も大きく反応した。
大爆笑である。
観客だけでなく、黒騎士も笑っていた。
「ハ、ハ、ハ、大きく出たな、異世界人。だが、スキルも持たないお前に何ができる?」
スキルがしょぼいだけで役立たず扱いされる世界である。スキルのない人間は十歳未満の子供並みに無力だと思われるだろう。
この世界の人間は誰しも何らかのスキルを発現するので、スキルのない人間と言うとスキル発現前の子供しか思い浮かばないのだ。
無力な子ども扱いされているのだがそのことには取り合わず、異世界人は冷ややかな目で黒騎士を見返す。
「貴方達は異世界を甘く見すぎている。僕達の世界に存在しない『スキル』がこの世界にあるように、この世界では考えられないようなことが異世界ではあり得る。異世界人に対してはこの世界の尺度で測れない何かがある可能性を考えるべきだろう。」
異世界人の忠告を、黒騎士は鼻で笑う。
「俺は今まで、この闘技場で異世界人を三人殺している。特に何もなかったぞ。」
一方の異世界人も引かない。
「この世界の全人類の中から無作為に三人選んだとして、その中で戦える者は何人いると思う?」
「何?」
「僕達の世界では戦闘訓練を受けたり実際に戦ったする者はごく一部で、ほとんどの者は非戦闘員だ。強力な武器もスキルも無ければ手も足も出ないだろう。でも、すべての者がそうだとは限らない。」
「……お前がその例外だというのか?」
「試してみるかい?」
予定外の舌戦に程よく盛り上がったところで、試合の開始が宣言された。
『それでは、試合開始です!』
観客がざわめいた。
試合開始直後に起こったことが理解できないのだ。
いや、何が起こったのかは分かっている。
別に超高速の戦闘が行われたとかではない。客席からしっかりと見えていた。
異世界人が無造作に近付いて棒立ちの黒騎士に掌を軽く当て、即座に距離をとった。
観客にはそう見えた。
そうとしか見えなかった。
黒騎士はその呼び名の通り、漆黒の騎士甲冑を身に纏っている。
頑丈な全身鎧は素手で殴ったところでびくともしない。
異世界人の攻撃など通用しないことを示すために黒騎士がわざと攻撃を受けて見せた。
誰もがそう思った。
しかし――
『おおっと、黒騎士が膝をついた! それに、兜の隙間から少量ですが血が流れているように見えます。異世界人の攻撃、そこまで効いたのか!?』
そんなはずはない。
闘技場に送られてくる異世界人は有用なスキルを持たない。
特に、何もスキルを持たないなどという特異な例は慎重に調べられただろう。
今、黒騎士と戦っている異世界人は、スキルを一切持っていない。
この世界の常識では、有用なスキルもなしに一撃で黒騎士に膝をつかせる程のダメージを与えることは不可能だった。
「今のは、間合いを狂わせる歩法の『縮地の法』で接近して、硬い鎧の上から中の人間にダメージを与える『鎧通し』と呼ばれる打法で打った。効いただろ?」
この世界にもスキル以外の努力して身に付けることのできる技術は存在する。
ただ、そうした技術はあくまでスキルの補助、該当スキルを持たない者の使う代替品・まがい物とみなされていた。
一流の者ならばそうしたスキルの補助的な技術の重要性――戦闘ならばそれが生死を左右することもある――を理解しているが、一般的な認識は「技術はスキルに及ばない」である。
だが、実際に黒騎士は膝をついた。
黒騎士が攻撃を受けたのは、異世界人の動きに反応できなかったからだ。
軽く当てただけに見えたのは、全力を鎧の内側に叩き込んだ結果余計な力が外に漏れなかったからだ。
初めて目の当たりにする異世界の妙技に、この世界の常識が覆されたかに思えたが……
『しかし、立ち上がりましたー! 黒騎士、十傑の意地を見せます!』
観客は沸いた。
まるで、絶体絶命のピンチから逆転する物語の英雄のようだ。
熱狂する観客とは対照的に、異世界人は冷静だった。
「回復系のスキルか。」
「その通り。スキルによらない攻撃としては大した威力だったが、俺には通用しない。異世界人であろうと、スキルの差は覆せないということだ。」
そう言って、黒騎士は背負っていた大剣を引き抜いた。そして、おおきく振りかぶって思い切り振り下ろす。
腰に佩いていたら地面に引き摺りそうなほどの長さの大剣ではあるが、距離をとった異世界人には届かない。
単なる素振り……ではない。
振り切った大剣の先からまっすぐに、砂煙をあげながら地面に溝が刻まれていく。
横に避けた異世界人の隣を不可視の何かが通り過ぎて行った。
『早くも出ました、黒騎士必殺の真空切り! 異世界人は辛くも避けたようです。』
強力なスキルの威力を目の当たりにして、それでも異世界人は動じない。
「斬撃を飛ばすスキルか。硬い鎧と回復スキルで攻撃を受け、斬撃を飛ばして離れた敵を倒す。何かを守りながら戦うことに向いた能力だ。何故闘技場にいる?」
異世界人の言葉に観客はブーイングを浴びせるが、その反応は少々微妙だ。
十傑は、闘技場においては人気のスタープレイヤーだが世間一般の評価は低い。
戦闘系のスキルを持っているのに戦場に出ない臆病者。
闘技場の中でお山の大将を気取っている半端者。
そうした批判を知りつつも、闘技場に通い黒騎士を応援する観客たちにとって、それは言ってはならないお約束である。
そんな約束など知らない異世界人は、無造作に禁忌に触れた。
一部の観客は、これは死んだな、と思った。
試合で殺されることの多い異世界人だが、先ほどの黒騎士の逆転劇は盛り上がった。
最初は異世界の技で有利に戦い、スキルによって逆転負けするという芸風が認められれば、観客が飽きるまでは生かされる可能性があった。
しかし、黒騎士を怒らせてしまえばこの場で殺されかねない。
そんな観客や黒騎士の心情も知らず、異世界人は言葉を続ける。
「鎧で防ぎきれない攻撃も多いだろうし、回復が追い付かないダメージを受け続ければ死ぬ。斬撃を飛ばしても効かない相手は倒せないし、より射程の長い攻撃と撃ち合えば負ける。スキルに頼る以上は格上には勝てないか。」
「黙れ!」
容赦のない異世界人の言葉に、黒騎士が切れた。
『ここで黒騎士、真空切りの連打だ! 一気に勝負を決める気か!? しかし、異世界人も粘ります。避ける、避ける、避けるぅ!』
見えない刃の乱れ撃ちを的確に避ける異世界人。
しかし、避けるだけで攻撃に転じることができていない。
斬撃の乱打に押されてじりじりと後退していった。
「太刀筋も雑だし、やはり格上との戦闘経験は少なそうだな。」
それでも冷静な分析を続けるのは達観か諦観か。
「どうした、異世界人。避けているばかりでは勝てないぞ!」
一方黒騎士は、ひと暴れしてすっきりしたのか冷静さを取り戻した。
先ほどのお返しとばかりに煽る。
勝利を確信したということもあるだろう。
間合いを狂わす歩法は厄介だが、斬撃を飛ばすことで接近を防ぐことはできる。
接近されなければ、鎧の防御力を貫通する危険な攻撃も使えない。
そう、黒騎士はただ怒っていたのではない。
恐怖していたのだ。自分に大ダメージを与えた異世界の技術に。
黒騎士は格上と戦って勝つことはできない。そのための工夫も研鑽も行ってこなかった。
だから、目の前の異世界人がスキルを持たない格下であることを確認してようやく安堵したのだ。
「そうだね。そろそろこちらも手札を切ろうか。」
しかし、異世界人は予想外の言葉を放つ。
一瞬警戒した黒騎士だったが、この時点で異世界人はかなりボロボロに見えた。
先ほどの飛ぶ斬撃の乱打で、致命傷は避けているものの服は何か所も裂け、地面を転がって避けていたので土まみれだ。
観客も黒騎士も、はったりだろうと思った。
「僕達の世界はスキルは存在しないけど、極稀に普通の人には不可能なことを実現する能力、異能を得る者が現れる。それはこの世界のスキルと似ているが別物で、この世界ではスキルとして認識されない。」
「……お前がその能力の持ち主だというのか?」
「そう。僕の能力は世界の理を読み解き、そこに干渉すること。自然の摂理を理解して干渉することは人の手に余るからほとんど役に立たない能力だったけど、この世界にはもっと分かりやすい『スキル』が世界の理に組み込まれている。」
「その能力で、スキルに勝てないことを理解したか?」
「もっといろいろとできるよ。例えば、ほら。」
異世界人が手を振ると、周囲に無数の光が現れ、剣のような形になった。
それが、異世界人と黒騎士の周囲を回るようにゆっくりと動いている。
「何だと!」
黒騎士が、観客が、その光景に驚愕した。
『これは! 無数の光の剣が現れました! このような現象、かなり上位の攻撃スキルでないと起こせません。本当にあの異世界人のやったことなのでしょうか!?』
だが、異世界人は少々ばつの悪そうな顔をしていた。
「いや、これは攻撃を視覚化するための単なる画像であって、そう大したものでは……まあいいか。いくよ。」
異世界人が合図すると、漂っていた光の剣の一本が黒騎士めがけて進んでいった。
「この!」
黒騎士は斬撃を飛ばして迎撃しようとするが、光の剣は止まらない。
避けることも逃げることもできぬまま、光の剣が黒騎士の胸に突き立った。
『ああっー! 黒騎士が光の剣に貫かれてしまったー! 十傑の一角が、異世界人によって崩されてしまうのかぁー……あれ?』
黒騎士は立っていた。
痛がることもなく。
苦しむこともなく。
血を流すこともなく。
胸に光の剣を突き立てたまま。
黒騎士自身にも何故無事なのかわからないようで首をひねっている。
胸から生えている光の剣を抜こうと手を伸ばすが、すり抜けて掴めない。
「ああ、その『光の剣』は幻影みたいなもので、実体もないし、何の影響もないから。」
「虚仮威しかよ!!」
黒騎士は、怒りに任せて大剣を振り下ろした。
しかし――
『どうしたことでしょう? 黒騎士の真空切りが不発です! 先ほどの乱打で使い切ったのでしょうか!?』
そんなはずはない。
確かに攻撃スキルは無制限で放ち続けられるものではないが、打ち止めにはまだ早かった。
黒騎士にとっても、スキルは生命線なのだ。
試合中に使えなくなることが無いように、そのあたりの管理はしっかりとしている。
しかし、いくら大剣を振っても斬撃は飛び出してくることはなかった。
「『光の剣』はただの幻影だけど、ちゃんと攻撃もしていたんだよ。」
「……まさか!?」
「ただし、攻撃の対象は貴方ではなくスキルの方だけれど。」
予想が当たって、黒騎士は内心焦った。
斬撃を飛ばせなければ黒騎士はかなり不利になる。いや、勝ち目がなくなると言うべきだろう。
最初に食らった一撃を思い出して、思わず一歩後退った。
『何と、スキル封印が行われていました! この異世界人、本当にスキルが無いのでしょうか?』
異世界人の攻撃はさらに続く。
「次は、回復スキルだな。」
再び光の剣が黒騎士を襲う。
反射的に振った大剣をすり抜け、二本目の光の剣が黒騎士に突き刺さった。
「馬鹿な。スキル封印は同時に一つのスキルしか封じられないはずだ。」
「僕が使っているのはスキルじゃないからね。」
スキルではないからスキルの制限に縛られない。
ある意味何でもありだった。
『異世界人に対してはこの世界の尺度で測れない何かがある可能性を考えるべきだろう。』
先ほどの異世界人の言葉が重くのしかかってきた。
「剣による攻撃範囲を拡大する拡張剣、受けたダメージを回復する自己回復、もう一つあるね。」
異世界人には知られていないはずのスキルの正式名称を何故知っているのかと訝しむ間もなく、三本目の光の剣が黒騎士に突き刺さった。
「ぐっ!」
黒騎士が体勢を崩し、大剣の切っ先が地面に落ちてめり込んだ。
「身体強化。重い鎧を着こんで動き回り、馬鹿でかい大剣を軽々と振り回していた理由がこれだね。」
これで黒騎士は全てのスキルが使えなくなった。
スキルが使えないと黒騎士は弱い。
黒騎士に限らず、十傑は戦闘向きのスキルで格下を蹂躙してきた者たちだ。
激しい戦いを勝ち抜いてきた猛者ではない。
スキルが通用しない相手と戦ったこともないだろう。
スキルを封じられたことだってあるはずがない。
黒騎士は今、絶体絶命の危機だった。
――キャアー!
その時、突然客席の方から悲鳴が上がった。
見ると、観客の中に光の剣が刺さっている者がいた。
「しまった、余計なところにまで影響が出ている。」
異世界人は、あわてて光の剣を消すと、観客に向かって声を上げる。
「えーと、その『光の剣』はただの幻影で害はありません。『スキル』を攻撃したことを分かりやすく示すために映しましたが、黒騎士と同系統のスキル保有者にまで影響が出てしまったようです。お騒がせしてすみません。」
観客をなだめ終わって向き直った異世界人に対して、黒騎士は同じ姿勢のままだった。
黒騎士に刺さっていた光の剣も消えていたが、スキルは戻っていない。
スキルが無ければ重い鎧を着たまま機敏に動けないし、大剣を振るのも一苦労だ。
そもそもスキル頼りの黒騎士に、普通に剣で戦えるだけの技量はない。
観客に説明している異世界人に不意打ちを仕掛けても、返り討ちにされるのが目に見えていた。
だが、まだ黒騎士は諦めていない。諦めたら死ぬ。
闘技場でみっともない負け方は許されない。
観客が許さない。
このまま何もできずに負けてしまえば、必ず殺される。
目の前の異世界人にはそれだけの力があった。
何もしないわけにはいかない。
黒騎士は、異世界人に話しかけた。
「いったい、俺に何をしたんだ!?」
何をされたのかは、これまでの会話からおおよそ見当はついている。
スキルとは異なる何らかの手段で、黒騎士の持つスキルを封じた。
そう理解していた。
具体的に何をどうやったかはさっばら分からなかったが、そこまで知る必要はない。
それでも質問をしたのは、単なる時間稼ぎだった。
この世界にも他人のスキルを一時的に使用できなくする手段は存在する。
スキル封印と呼ばれるそのスキルは非常に珍しいが、過去にそのスキルを使って活躍した者がいるため有名だ。
相手の得意とするスキルを封じられるので対人戦では強力だが、制約も多い。
一度に封じることのできるスキルは一つだけ。封じていられる時間は五分程度。対象のスキルが使用されるところを一度は見る必要がある。等々。
ここで重要になるのは、時間制限があることだ。
待っていれば、スキルは回復する。
もちろん、スキル封印とは制約が異なる可能性はある。現に三つのスキルを封じられた。
だが、スキルを封印するという無茶なことをしているのだ、時間制限くらいあってしかるべきだろう。
きっとそうだ。そうに違いない。そうだと決めた!
黒騎士は半ばやけくそ気味にそう結論した。
どのみちスキルが使えなければ勝負にはならないのだ。
その可能性に賭けて、黒騎士は全力で時間稼ぎをすることにした。
「そうだね、少し説明しようか。」
幸いなことに、異世界人も乗ってきた。
黒騎士の思惑とは関係なく、興味のある話なので観客も闘技場側も止めることはしなかった。
「そもそも、この世界の『スキル』って何だと思う?」
「……神に与えられた人の持つ能力だろう。」
「この世界の人だとそんな認識になるんだろうね。でも、スキルのない世界から来た僕にとって、この世界のスキルは奇妙で不自然な能力だった。だから調べてみた。幸い僕の能力はそうした調べ事に向いていたからね。」
そこで一拍置いて話し始めた内容は、驚くべきものだった。
「結論から言うと、この世界の『スキル』は人の持つ能力ではない。」
「はぁ?」
黒騎士のみならず、観客も目が点になった。
信じられないというよりも、「何言ってんだ、こいつ」という反応である。
この世界では基本的にすべての人がスキルを持ち、日々使われている。
その明白な事実を否定されても困ってしまう。
だが、異世界人は周囲のそんな困惑を気にせずに言葉を続ける。
「よく考えてみれば傍証は色々とある。まず、スキルの中には強力で複雑なものが多くある。そんなスキルを実現する仕組みは複雑で大掛かりになるはずだ。それを人体内で実現するとどうなる? 既存の臓器にその役割を持たせたり、目立たない小さな器官に収められるとは思えない。体の外からわかるくらいの特徴になっても不思議はない。スキルは多種多様だからスキルを生み出すものの大きさも形も多種多様だろう。人の外見から保有スキルを見分けられたりするか?」
「い、いや……」
妙に饒舌になった異世界人に黒騎士はたじろぐ。
実際、人の外見からスキルを判断する方法はないのだから、異世界人の言うことはあながち間違っていない。
「それから、スキルが人の能力ならば自分のスキルが何をしているかも多少なりとも理解できるし、応用も利く。例えば斬撃を飛ばすスキルの場合、剣の振り方で斬撃が飛ぶならばその振り方を調べて再現できればスキル無しでも斬撃を飛ばせる。強力な腕力で勢い良く振ることで斬撃が飛ぶならその腕力を他のことにも使える。斬撃として飛ばす何かを剣に纏わせているのなら、剣以外に纏わせたり纏わせただけで飛ばさないといったこともできるはずだ。できるか?」
「そ、それは……」
聞かれても、黒騎士には答えられない。試すどころか考えたこともなかった。
この世界のほとんどの人は、スキルをそのまま使う。
創意工夫を重ねて応用しようと考えるのは、各分野の最先端を牽引する一流の者か、スキルの限界を超えて上を目指して足掻く一部の者に限られる。
その場合でも、スキルの原理を考えたり、スキルの一部分だけを利用するようなことはしない。
スキルの動作は、途中過程を飛ばすような面がある。
生産系スキルならば明らかに必要なはずの工程を行わないのに完成する。
攻撃スキルならば攻撃にために行ったどの動作とも一致しない現象が発生する。
だから、スキルを持たない者がどれだけそっくりまねしても、同じ結果にはならない。
スキルに理屈は通用しない。だからその原理を考えることはしない。
スキルを複数の能力の集合体と考えてその一部だけを取り出して使用することもできない。
動作と結果が一致していないのだから、能力の集合体と考えること自体に無理があった。
深く考えればおかしなことだらけのスキルであるが、この世界の者にとっては当たり前のことであり、誰も気にすることはなかった。
「決定的なのが、異世界人の存在だ。スキルが人の持つ能力ならば、この世界に来る前からスキルが発現していてもおかしくない。だが、異世界人はこの世界に来るまではスキルの存在を知らず、この世界に来た時点でほぼ例外なくスキルに覚醒する。つまり、この世界に来たことで与えられたと考えるべきだ。スキルとは、人が生来持つ能力ではなく、突然与えられる外付けの力だ。」
このあたり、この世界の人間には納得しがたい結論なのだが、反論もできない。
確かにこれまで召喚された異世界人はスキルの存在を知らず、しかしほぼ例外なく即座にスキルに覚醒した。
例外は今闘技場で黒騎士と試合をしているこの異世界人だけである。
だが、異世界人の言葉が正しいとしても疑問は残る。
「だったら、スキルとは何だというのだ?」
「スキルとは人の持つ能力ではない。この世界の理に組み込まれたスキルを司る仕組み、『スキルシステム』とでもいうべき存在によって生み出される現象だ。」
この世界の最大の謎の一つに、答えが与えられた瞬間だった。
「スキルシステムはこの世界の任意に場所に様々な現象を発生させることができる。例えば斬撃を飛ばすスキルならば、スキル保有者がスキルの使用を意識しながら剣を振れば、スキルシステムがそれを検知して振った剣の延長上に見えない斬撃を作り出す。これがスキルが実行されるプロセスだ。」
異世界人の提示したスキルに対する疑問に対する回答が示された。
スキルが理不尽で理解不能に思えるのは、スキルシステムの存在を考慮していないからということになる。
スキルを使用する際の動作はスキルシステムへの指示であり、その結果引き起こされる現象と直接対応して考えていたら不整合が生じる。
スキルが過程を飛ばしているように見えるのは、その部分をスキルシステムが行っているから。
スキルシステムが主体となって実行しているのだから、スキルの一部分だけを切り出して勝手に使うことはできない。
「スキルに覚醒するということは、スキルシステムに該当スキルに対する使用権限が与えられたということだ。スキルシステム側の話だから本人の能力も資質も関係ないし、人の体に収まらない複雑で強力な能力でも関係なく与えることができる。スキルのない世界から来た異世界人がスキルを得ることができるのもこれが理由だ。」
スキルに覚醒する仕組みが示された。
スキルは先天的に持って生まれるとするこの世界の一般的な考えとは異なるが、そこまで気にする者はいないだろう。
異世界人がスキルに覚醒する仕組みも示されたが、こちらに興味を示す者はあまりいない。
スキルがあることが当然の世界だから、異世界人がスキルに覚醒することに疑問を持つ者がいなかったからだ。
「スキルシステムには有効範囲がある。異世界は当然範囲外だから召喚される前の異世界人はスキルを持たない。この世界の人間が別の世界に行ったとしてもスキルは使えなくなるだろう。また、スキルシステムは地上で使用することを考えられているらしいから高い空の上や地中や海中の深いところでは使えなくなる可能性がある。他にはスキルシステムの影響を防ぐ仕掛けが施された閉鎖空間が存在すれば、その中ではスキルが使えないだろう。」
黒騎士や観客の一部は、異世界人の話に思い当たる節があった。
霊山と呼ばれる非常に高い山の山頂付近ではスキルが使えなくなることが知られていた。
他にも、神代のものとされる古代遺跡やダンジョンと呼ばれる特殊な場所の中にはスキルが使えなくなる部屋が存在することがあった。
この世界の事情に詳しくないはずの異世界人の予想が的中したのである。その言葉には信憑性があった。
「僕が能力を使って調べたスキルシステムは、こんな感じだ。」
異世界人の言葉とともに、闘技場の上空に映像が浮かび上がった。
それは、先ほどの無数の光の剣と同様に幻影なのだろうが、より精緻で複雑なものだった。
まず、中央に大きな歯車がゆっくりと回転している。
その周囲に、数多くの用途不明の機械が配置され、歯車の回転を受けてせわしなく動いている。
一番外側に無数に並んでいるのは、様々な武器や道具、あるいはそれらを使用して何かをしているところを図案化したようなアイコンだった。
「真ん中で回っているのが動力源、その周囲がスキルシステムを維持管理している装置群、一番外側が各スキルを実現するための部位だ。物理的な実体がどうなっているかまでをわからないが、調べた範囲の機能を図示するとこうなる。」
壮大で緻密な映像に観客は見入った。
それがこの世界の根幹をなすスキルを生み出す仕組みだと聞けば、神秘的にすら見えてきた。
「……」
スキルに関する衝撃の真実が語られ、小難しい話に興味のない者も空に浮かぶ荘厳な映像で魅せた。
異世界人の話は予想外の方向で盛り上がったのだが、実は黒騎士の質問には答えていなかった。
そのことを指摘しようとした黒騎士であったが……なぜか嫌な予感がして口を閉ざした。
黒騎士は、無意識のうちに異世界人が何を言おうとしているのか分かってしまったのかもしれない。
だが異世界人は、そんな黒騎士を意に介さずに言葉をつづけた。
「さて、他人のスキルを使わせなくする方法はいくつかある。一つは『スキル封印』と言うスキルを使うことだ。スキルシステムに用意されたスキルなのだからこれが正当な方法だろう。このスキルは物理現象を引き起こすのではなく、スキルシステムに働きかけて対象者の特定のスキルの実行を禁止するから、スキル以外で同じことを行えない。それと、詳しくは調べていないが、ある意味スキルシステムを否定するスキルだから制限も多いだろう。」
スキル封印は有名なスキルだから、さして驚かない。
むしろ、異世界人が知っていることに感心し、スキルシステムを調べたという言葉に信憑性が増す。
「もう一つは、スキルの使えない場所に連れていくことだ。それだけで全てのスキルが使えなくなる。問題は、スキルを使えない場所に連れていくことが困難なことだ。異世界は論外として、高い空の上や深い地底・海中も行くのは大変だ。スキルシステムの影響を遮断する方法があればスキルの使えない空間を作ることができるが、簡単ではないはずだ。それと、スキルの使えない場所では誰もスキルを使えないから、スキルの使えない相手をスキルで一方的に攻撃とかもできないから注意が必要だ。」
この世界ではスキルの使えない場所があることが知られているだけで、スキルが使えない空間を作る方法は知られていなかった。
ダンジョンや古代遺跡の調査を行うような一部の人を除いてはあまり縁のない話だった。
「僕はスキルを使えないから、スキル封印はできないし、ここはスキルの使えない場所ではない。スキルシステムをもっと調べれば僕の世界の理に干渉する能力で局所的にスキルの使えない空間を作れるかもしれないけれど、今は無理だ。だから、黒騎士のスキルを使えなくしたのは別の方法だ。」
そこで一呼吸おいて、異世界人は話を続けた。
「この世界のスキルシステムはとても精巧で大規模なものだ。僕の世界の理に干渉する能力ならば理論上は同じような仕組みを作れるはずだけど、これほど大規模で精密な仕組みを一人で設計し、寸分の狂いなく構築することは不可能だ。スキルを神に与えられた能力と思うのも自然なことなのかもしれない。」
突然変わった話に戸惑う観客。
だが、黒騎士は妙な胸騒ぎがしてそれどこれではなかった。
「僕にはスキルシステムを作ることはできない。でも、壊すことならばできる。」
「おい!」
異世界人の不穏な言葉に、思わず声をかける黒騎士。
だが、後が続かない。何といってよいのか分からない。
「僕が貴方のことを攻撃したのは最初の『鎧通し』だけ。」
「ま、待て!」
この先を聞いてはいけない聞きたくない。
そんな思いが黒騎士の中に溢れていた。
黒騎士の兜の下では嫌な汗が流れて止まらない。
「その後、僕が攻撃していたのは、スキルシステムだ。」
「ちょっと、待て……」
だが、異世界人は待たない。
闘技場の上空に映る映像が変化した。
スキルシステムを表す図形の周囲に光の剣が無数に現れた。
その光の剣が多く集まった場所の先をよく見ると、スキルを表すアイコンに光の剣が刺さっている箇所がある。
光の剣が刺さったアイコンは三個。 他のスキルのアイコンと比べて色が色が褪せ、動きも止めている。
それはまるで、死んでいるかのように……
「貴方の使っていたスキルは、完全に破壊した。二度と使用することはできない。」
「そ、そんな……」
それが、止めの一撃となった。
『黒騎士、膝から崩れ落ちた! これは、もはや再起不能でしょうか!?』
再起不能だった。
スキルが時間で回復することに賭けていた黒騎士だったが、その望みは絶たれた。それも、最悪な形で。
黒騎士のスキルは二度と戻らない。
戦闘向きのスキルを駆使して格下相手に無双してきたのが黒騎士である。
スキルを失った今、格下をいたぶる処刑人から、嬲り殺される最下級の剣闘士に一気に転落した。
この場を生き延びても、もう黒騎士に明日はない。
大剣を放り出してへたり込んだ黒騎士に、再び剣を手に立ち上がる気力は残っていなかった。
そんな黒騎士に対して、元凶である異世界人は、むしろいたわるように話しかけた。
「そんなに気にすることないよ。スキルが使えなくなるのは貴方だけじゃないから。」
「は?」
内容はさらに不穏だったが。
「スキルは人の持つ能力ではなくスキルシステムが提供する現象。だから、スキルが破壊されればこの世界の全ての人がそのスキルを使えなくなる。さっき観客の中に光の剣が刺さった人がいたけど、あれは攻撃対象のスキル保有者に付けた印だから、その人たちももうスキルを使えなくなっているよ。」
再び観客がざわめく。
ここまで黒騎士の悲劇だと思っていたことが、急に自分たちにも降りかかってきたのだ。
動揺する観客に向かって異世界人は話しかける。
「慌てても無駄だよ。逃げても隠れてもどこにいようと、スキルが破壊されればスキルを使えなくなる。この場に居合わせた人はむしろ幸運だと思うよ。この世界には理由も分からず突然スキルが使えなくなって困っている人がいるだろうからね。」
自分よりも不幸な者がいることでどれだけ慰めになるかは分からないが、この異世界人は黒騎士との戦いのとばっちりでスキルを失った観客に配慮する……そんな殊勝な気持ちを持たないことが次の台詞ではっきりとした。
「それに、僕の攻撃はまだまだこれからだよ。」
空に浮かぶ映像がまた変化した。
無数の光の剣が、スキルシステムに対して総攻撃を開始したのだ。
光の剣に貫かれて、スキルを示すアイコンが次々とその色を失っていく。
今度こそ、客席から盛大な悲鳴が上がった。
「僕の目的は、この試合で黒騎士に勝つことでも、幾つかのスキルを壊して見知らぬ誰かを困らせることでもない。スキルシステムそのものを破壊してこの世界からスキルを完全に無くすこと。それが僕の復讐だ。」
観客たちは思い出していた。
最初に異世界人が語った言葉を。
『この世界の全てに対して復讐をしようと思う』
観客が、そして黒騎士も笑ったその言葉が、現実になろうとしている。
光の剣の猛攻は、スキルのアイコンにとどまらず、その奥にある機械群――スキルシステムを維持管理する装置にまで及び始めた。
『た、大変なことになりました! 誰か、あの異世界人を止――』
試合の実況をしていたアナウンスが唐突に途切れた。
「やっぱり、声を届けていたのも誰かのスキルだったか。でももう遅いよ。スキルシステムの中枢にまで攻撃が届いたから、今すぐ僕を殺して攻撃を止めてもスキルシステムの崩壊は止められない。誰かがスキルを使う度に壊れたシステムに過剰な負荷がかかり、残ったスキルは加速度的に減っていく。」
「お前……なんてことを……」
黒騎士の声がかすれた。
事態はもはや、試合の勝敗や、黒騎士の進退といったレベルを超えていた。
この世界はスキルの優劣が人の価値を決めるスキル至上主義の社会である。
優れたスキルを持つ者が地位と権力を得、劣ったスキルしか持たない者は差別される。
その絶対的な基準であるスキルが失われれば、社会的秩序そのものが失われることになる。
社会は混乱するだろう。
スキルの恩恵が受けられなくなるだけでもかなり困ったことになるというのに、そのうえ社会が混乱して政治やら経済やらがまともに機能しなくなったら。
とても恐ろしい世の中になることは間違いなかった。
同じことができる能力を持つ者がいたとしても、絶対にこんなことはしないだろう。
この世界の者ならば。
そう、彼は異世界人なのだ。
この世界に無理やりに召喚され、この世界の基準で一方的に無能の烙印を押され、今日この闘技場で殺される運命だった者だ。
平穏な世界に殺されるか、混沌とした世界に活路を見出すか。
これはそういう選択だった。
この世界に来て間もなく、理不尽な目にしか遭っていない青年にとって、命を捨てでも守りたいものはこの世界には存在しない。
黒騎士は、この時初めて目の前の青年がこの世界の者でないことを、真の意味で理解した。
「ふぅ。どうにか間に合ったな。」
そこで、異世界人が肩の力を抜いて一息入れた。
「この世界に来た日からずっと解析をしてきたけど、スキルシステムの壊し方が判明したのはついさっき。本当にぎりぎりだった。」
結果的に見れば、始終黒騎士を翻弄していたように見えた異世界人だったが、本人にとってはそれほど余裕はなかった。
この試合で異世界人が殺されることは既定路線。そのことは当人も知っていた。
周囲が隠す気がなく、むしろ恐怖を煽ろうとして本人の前で吹聴していたのだから当然だ。
生き延びたければ、試合で勝つしかない。
だが、多少の心得があったとしても、戦闘用のスキルを操る相手に素手で勝つことは難しい。
個別のスキルを破壊する方法は早くから見つけていたが、それを使えば危険な能力とみなされて試合後に殺される恐れがあった。
数あるスキルを一つずつ壊していく方法では、最初から本気で殺しに来る相手に対応しきることは困難だ。
だから、試合が終わるまでにスキルシステムそのものを壊す方法を見つける必要があった。
そう、試合の間中、戦いながら、喋りながら、ずっとスキルシステムの解析を続けていたのだ。
異世界人は、黒騎士に向かって言った。
「時間稼ぎの長話に付き合ってくれて、ありがとう。」
黒騎士は、時間稼ぎをしていたのが自分だけでなかったことをこの時知った。
スキルシステムの破壊は進んでいく。
内側の機械類――スキルシステムを維持管理する装置が止まると関連するスキルも使えなくなるらしく、光の剣が刺さっていないにもかかわらず色あせ動きを止めるスキルのアイコンが多数ある。
既に無事なスキルの方が少ない。
ここに至るまで、異世界人を妨害しに来る者はいなかった。
そのための戦力を用意していなかったのだろう。
魔物との対戦を行う場合でもなければ予備の戦力を待機させておく必要はない。
試合中の剣闘士が問題を起こした場合、それを誅する役目を負っているのは十傑――今回で言えば黒騎士だった。
そして、スキルが次々と使用不能になっていく今、黒騎士以外の十傑にしても他の戦力にしてもほとんど役に立たなくなっていた。
既にスキルを失った者、スキルを失うのではないかと脅える者では戦いにならない。
この世界ではスキルが強力な分、スキルを用いない武器や戦い方が発達していない。
スキル無しで戦える者は、ほとんどいなかったのである。
誰にも妨害されることなく、スキルシステムの破壊は進んでいく。
もう残ったスキルは数えるほどだ。
スキルが完全に消えるまで、秒読み段階だった。
突然スキルが使えなくなって、世界各地で混乱が生じているだろう。
異世界人が、誰にともなくつぶやく。
「ようこそ、スキルのない世界へ。」
そして今、巨大な歯車がその回転を止める。
舞台設定としては、異能バトルの文法に則って相手のスキルの特性や弱点を見極めて一つ一つ対処していく頭脳戦になるのが王道だと思うのですが、その前提をぶち壊してみました。




