第1部 第5話 涙の告白と封じられた真実
夜の王城は、まるで眠る竜のように静かだった。
誰もが審問会の余波に震え、王妃イザベラの行方を探していた。
王都の空気は張りつめ、空気そのものが息を潜めている。
私は自室の窓辺に立ち、黒い魔道書を開いた。
その頁には、赤く滲むように新しい記録が浮かび上がる。
【未来記録:第5章】
『王妃、聖堂跡にて“真実の祈り”を行う。
リアナ、アレンと共に向かう。
――そして、涙の告白が世界を変える』
「……聖堂跡、ね」
そこは三年前、私が処刑された場所のすぐ近く。
皮肉なことに、始まりの地で終わりを迎えろというのだろう。
胸の刻印が熱を帯びる。
残された時間――三日。
それまでにすべてを終わらせなければ、私自身が“記録”に呑まれて消える。
◆アレンの部屋にて
扉を叩くと、アレンがすぐに出てきた。
机には地図と王妃の筆跡の断片。
彼も眠っていなかった。
「聖堂跡に向かうのですね」
「記録がそう告げている」
「……本当に、それを信じるのか?」
アレンの声には焦燥が滲んでいた。
「記録が導く未来は、必ず代償を伴う。君の命を削るんだ」
「それでも、放っておけないの。王妃陛下を止めないと、国が壊れる」
沈黙の後、アレンは深く息を吐いた。
「……リアナ。君に話しておくべきことがある」
その声の震えが、胸に刺さった。
◆王太子の告白
アレンは壁際の燭台に火を灯し、椅子に腰を下ろす。
「三年前、君を処刑する命令を出したのは……僕だ」
「……え?」
「母上が予言文を理由に議会を動かした。けれど、最後に判を押したのは僕自身だ。
君を救おうとしていたなんて、半分は嘘だった。
――僕は、恐れていたんだ。聖女の力が、国を壊すかもしれないと」
その告白は、心臓に刃を突き立てるようだった。
「……つまり、あなたは私を信じていなかった」
「信じたかった。けど、あの時の僕は“王”を優先した」
アレンは目を伏せる。
「それでも、君が死んだあと――初めて後悔した。
僕が国を選んだせいで、未来が壊れたんだ」
私は静かに首を振る。
「……ありがとう。やっと本当のことを聞けた」
不思議と怒りはなかった。
ただ、胸の奥で小さな痛みが滲む。
「私もね、あなたを許したかった。でも、きっとそれは違う。
私は“未来を変えるため”に戻ってきた。復讐のためじゃない」
アレンは立ち上がり、私の肩に手を置いた。
「なら、僕も一緒に償わせてくれ」
◆聖堂跡へ
翌朝、王都の外れ――崩れた聖堂の前に二人で立った。
白い石壁は蔦に覆われ、かつての祈りの場は廃墟と化している。
だが、空気だけはまだ神聖さを帯びていた。
「ここで処刑されたとき、空が泣いていたのを覚えてる」
「……僕も見ていた。何もできなかった自分を呪った」
私は階段を上り、聖堂の中央に残る祭壇へ歩み出た。
その上に、黒い影が立っていた。
王妃イザベラ。
黒の記録を手に、静かに私を見下ろす。
「来たのね、リアナ。……そして、アレン」
◆母と子
「陛下。お願いです、もうこの記録を――」
「黙りなさい」
王妃の声は低く、怒りと悲しみに満ちていた。
「あなたたちにはわからない。
この国は“聖女の血”に呪われている。代々の王は、その血に翻弄されて滅んだのよ」
「だから、私を殺した?」
「あなたは優しすぎた。世界を救う力を持ちながら、誰も裁けなかった。
そんな聖女が国を導けば、滅びが訪れる」
アレンが一歩踏み出す。
「母上、それは違う! 僕たちは――」
「アレン。あなたこそ呪いそのもの。聖女を愛した瞬間から、あなたもまた“記録”の一部になった」
黒い魔力が吹き上がる。
王妃の手の中で、黒の魔道書が再び輝く。
私は同時に、自分の赤い記録を開いた。
ページが震え、光と闇がせめぎ合う。
◆記録の融合
「母上、やめてください!」
「アレン、退きなさい! これは王の務めよ!」
魔力が衝突し、聖堂が崩れ始めた。
石片が飛び交い、光が弾け、床に魔法陣が浮かび上がる。
「リアナ、逃げろ!」
「いいえ……この記録を止められるのは、私だけ!」
私は両手で本を掲げ、最後の力を注ぐ。
赤と黒の光が交わり、やがて一つの眩い白へと変わっていく。
――そして、王妃の表情が変わった。
「……そんな……まさか」
彼女の目に涙が滲んだ。
「リアナ。あなたは、あの子に似ているわ」
「……あの子?」
「私が、昔に失った娘。生まれてすぐ、“記録の呪い”に奪われた。
あなたが生まれた年と、同じなの」
世界が、静まった。
王妃の言葉が胸の奥に落ちていく。
血ではない。でも、魂のどこかが繋がっている気がした。
「だから……あなたを殺せなかった。記録が、私の代わりに奪ったのよ」
アレンが息を呑む。
「母上……」
王妃は微笑んだ。
「私の罪は、この国の未来と引き換えに贖うわ」
その瞬間、黒の魔道書が自ら燃え上がった。
◆母の最期
王妃の体が光に包まれる。
「リアナ、アレン。――どうか、未来を生きなさい」
「やめてください! 一緒に帰りましょう!」
「いいえ。もう、私は十分に生きた。
この呪いは、私で終わりにしなければならない」
光が聖堂を満たし、すべてを洗い流す。
その中で、王妃の姿は消えた。
残されたのは、焦げたページが一枚。
私は震える手で拾い上げる。
『呪い、ここに封印す。聖女と王子の愛、未来を照らす光とならん』
――涙が止まらなかった。
◆愛と赦し
外に出ると、朝日が地平を染めていた。
アレンが私の肩にそっと手を置く。
「母上は……救われたのだろうか」
「ええ。きっと」
私は微笑む。
「彼女の中の“母”は、最後まであなたを愛していた」
アレンは私の手を握り、強く抱きしめた。
「リアナ。君の命の印、消えたよ」
見ると、首の刻印が光を放ち、ゆっくりと消えていく。
「これで、もう大丈夫」
「でも……記録は?」
風が吹き、魔道書が開いた。
白い頁が、一枚だけ残っている。
『未来の記録――ここに終わる。
だが、彼女の心に続きがある限り、物語は終わらない』
私はそっと本を閉じ、胸に抱いた。
「もう未来はいらない。私たちの手で、これからを描くの」
アレンが微笑む。
「なら、最初の一行を――二人で書こう」
彼が私の手を取り、指先で白紙のページに文字を刻む。
『永遠の誓い。今度こそ、嘘ではない未来を。』
光が溶けるように消え、風が聖堂跡を包んだ。




