第1部 第4話 裏切りの審問会
王都アステリアの中央議会堂。
石造りの円形ホールには百名を超える議員、貴族、騎士団が集まり、重い空気が渦巻いていた。
“審問会”――王家の決定を問う、実質的な公開裁判だ。
表向きは「毒殺未遂事件の真相究明」。
けれど実際には、王妃派と太子派、二つの勢力の正面衝突だった。
◆開始の鐘
鐘が三度鳴る。
議長が立ち上がる。「本件、主導は王太子アレン殿下。発言を許す」
アレンが壇上に上がり、私へ一瞬視線を送った。
彼の顔は冷静だったが、その瞳の奥には決意の光。
「毒は確かに存在した。しかし、犯人はまだ断定できない。
私は、真実を明らかにするため――王妃陛下、そして聖女リアナ、両名に証言を求める」
会場がざわめく。王妃を証言台に立たせる――それ自体が前代未聞だ。
王妃は扇で口元を隠しながら立ち上がった。
「面白いわね、アレン。……母を裁くの?」
「裁きではありません。真実の確認です」
彼の声は震えていなかった。
“装置ではなく、人間としての王子”がそこにいた。
◆王妃の証言
王妃は静かに壇上へ。
「私が命じたと? 滑稽ね。わたくしは、聖女リアナを常に敬っていたわ」
「ならば、なぜあの夜、あなたの侍女が香油を渡した?」
「証拠は?」
「この布切れです」
アレンが差し出したのは、前夜に鑑識が回収した手袋の繊維片。香油成分が検出されている。
王妃の微笑が僅かに凍る。「誰でも同じ香を使えるわ」
「確かに。しかし、その香油は王家の調香師が調合した“王妃専用”の香だ」
「……ほう」
会場が一気にざわつく。
私は胸の奥で息を呑んだ。
彼は、私が知らない情報を握っていた。
◆アレンの嘘
アレンは静かに続ける。
「さらに証言がある。――王妃陛下は三年前、予言文をもって聖女を断罪された。
その文を、私が焼却したと主張しておられましたね?」
「ええ。あれは不吉な書だもの」
「いいえ。私は――焼いていない」
その瞬間、空気が止まった。
アレンは懐から、黒く焼け焦げた羊皮紙の断片を取り出す。
「予言文の一部を、隠していました。……そこには、こう書かれていたのです」
『聖女の血が流れし時、王家の呪いは解かれる。
彼女を守る者こそ、真の王となる』
議員たちが一斉に息を呑む。
アレンはゆっくりと言葉を重ねた。
「母上、あなたは前半だけを公表し、後半を封じた。
国の安定のために、聖女を“敵”に仕立て上げたのです」
王妃は沈黙したまま、扇を閉じた。
「……それが真実だとして、何のために隠したと?」
「あなたは王を守りたかった。しかし、同時に――私を守った」
その言葉に、会場がどよめく。
私は理解した。
アレンの嘘は、王妃を完全には断罪しないための嘘。
彼は彼女を守り、私も守ろうとしている。
それでも、真実は半分だけでは終われない。
◆私の証言
「次に、聖女リアナ・エルシェル」
議長の声が響く。
私は一歩前に出た。
視線の海の中で、アレンの瞳だけがまっすぐ私を見ている。
「……私は知っています。
毒を仕組んだのは王妃陛下の指示。実行したのはセシリア公爵令嬢。
そして、彼女たちの背後にある“記録”の存在を」
「記録?」
議員たちがざわつく。
私はゆっくりと黒い魔道書を開いた。
その瞬間、赤い光が会場を包む。
「これが未来の記録です。三年前、そして今も、すべての真実を記す書。
この本は嘘をつかない。……けれど、読む者の覚悟を試す」
王妃が冷笑する。「そんな怪しげな魔導具で何を証明できるのかしら」
「この記録の最終章には、あなたの名が書かれているのです――陛下」
私は読み上げる。
『王妃イザベラ、罪を背負い玉座を去る。
王国は新たな夜明けを迎える』
会場が一斉に騒然とした。
だが、王妃は怯えず、ただ微笑んだ。
「……そう。ならば、あなたの“記録”を覆してみせましょう」
次の瞬間、彼女の首飾りが砕け、黒い靄が広がった。
魔道書の頁が勝手にめくれ、赤い文字が消えていく。
【未来記録:強制改竄】
『聖女リアナ、暴走。記録に呑まれ、処刑』
「まさか……!」
記録が逆流している――彼女もまた“記録の力”を持っていたのだ。
◆魔道書の衝突
私の記録と、王妃の“黒の記録”が空中で激突した。
赤と黒の文字が交錯し、ホールの空気が震える。
議員たちが悲鳴を上げて逃げ惑う。
アレンが私を抱き寄せる。
「リアナ! 本を閉じろ!」
「閉じれば未来が決まる! もう後戻りできない!」
「それでも――君を失うよりましだ!」
王妃が叫ぶ。「お前たちの愛など、国を滅ぼすだけ!」
赤い閃光。黒い稲妻。
魔道書同士が弾け合い、空間に無数の文字が舞う。
――そして、ひときわ大きな破裂音のあと、世界が静まり返った。
◆崩壊のあとで
気がつくと、私は瓦礫の上にいた。
議会堂は半壊し、天井から光が差し込んでいる。
アレンが隣で倒れていた。
「殿下!」
彼はかすかに笑った。
「大丈夫だ……記録が、俺を守ったらしい」
私は周囲を見回す。王妃の姿はない。
ただ、焦げた床に一冊の黒い本が転がっていた。
その表紙には、新しい文字が浮かんでいた。
『王妃、姿を消す。真実は次の王の世へと持ち越される』
そして――
『リアナ・エルシェル、改変の代償により命の刻印、残り三日』
胸の奥が焼けるように痛む。
刻印が、限界に近づいている。
◆アレンの願い
夜。
城の医務室。アレンが私の手を握っていた。
「君の命の印、消せるかもしれない」
「どうやって?」
「記録を“完全に書き換える”。そのためには――君の記憶が必要なんだ」
「記憶?」
「記録は、君の過去を糧にして未来を変える。……つまり、君が記録を開くたび、少しずつ自分を失っていく」
私は静かに目を閉じた。
確かに、最近は昔の記憶が霞んでいる。
子どもの頃の風景も、アレンと初めて出会った日も、もうぼんやりだ。
「リアナ、もう使うな。未来なんてどうでもいい。君が生きていてくれれば」
「……それでも、私はこの国を救いたい。あなたを、王妃の呪いから解きたい」
アレンが唇を噛んだ。
「君は、本当に優しすぎる」
◆再び記録が開く
深夜。
魔道書がひとりでに開いた。
【未来記録:最終章 予告】
『リアナ、王妃との最終決戦に臨む。
そして、“記録を焼く日”が訪れる』
私は窓の外を見た。
月が丸く、凪いだ風の中で雲が流れていく。
残り三日。
その間に、すべてを終わらせる。
私の命も、呪いも、未来の記録も。
そして――愛も。




