第3部 第1話 時を拒む少年
第一節 空白のページ
その朝、王都は白く霞んでいた。
通りの時計台は止まり、人々は「またか」と囁きながら歩いていく。
時間の乱れ――近頃、世界各地で頻発している現象。
ユリウスはノートを抱え、静かな裏路地を歩いていた。
ノートはあの夜からずっと温かく、時折、心臓のように脈打っている。
ページをめくると、相変わらず白紙だ。
ただ、一番下にうっすらと浮かぶ言葉がある。
『書くことを恐れる者に、未来は訪れない。』
「……俺に書けって言うのかよ」
吐き捨てるように呟いても、ノートは答えない。
けれど、彼の影だけが一瞬だけ遅れて動いた。
世界の“時間”が、確実に狂い始めていた。
第二節 王立学院での再会
午後。
王立学院の図書塔。
エリナ・レーヴェンが窓際に立っていた。
彼女の髪は太陽に透け、白銀の光を放っている。
扉が軋み、ユリウスが入ってきた。
「お前が呼んだのか?」
「ええ。あなたに見せたいものがあるの」
机の上に並べられたのは、古代の記録片――
リアナ時代の“第二の記録”の欠片だった。
「これ、まだ反応してるの。
百年前に封印されたはずなのに」
ユリウスはため息をついた。
「また“未来の残り火”か……。
結局、どれだけ時間が経っても、人は同じことを繰り返すんだな」
エリナは彼を見つめ、微笑んだ。
「でも、あなたは“書かない”ことで、未来を拒もうとしてる」
「書いたら、また誰かが傷つく」
「書かなくても、誰かが傷つくわ。
だからこそ、あなたが“書く”必要があるの」
第三節 封印区画の扉
二人は学院の地下封印区画へと向かった。
古い壁画が並び、中央の扉に奇妙な刻印が光っている。
“Λ(ラムダ)”――それは「記録再生」の古代文字だった。
エリナが囁く。
「ここに、時の歪みの源があると言われている」
ユリウスがノートを取り出すと、刻印が反応し、扉が震えた。
『第六の記録:起動認証完了。継承者ユリウス・カイン。』
金属音が響き、扉がゆっくりと開く。
中は、まるで鏡のような光に満ちていた。
そして、中央に人影が立っている。
「――待っていたよ、ユリウス。」
その声は、確かに聞き覚えがあった。
第四節 記録の亡霊
光の中から現れたのは、一人の青年。
黒髪、静かな瞳、そして胸には古いペンダント。
「……まさか。ルカ?」
エリナが息を呑む。
青年は微笑んだ。
「正確には、“ルカの記録”だ。
俺は過去の断片、記録に残された“意思”にすぎない」
ユリウスは一歩下がる。
「なんで、俺の前に現れた?」
「お前が“書くことを恐れている”からだ。
俺もかつて、恐れていた。未来を、そして自分を。」
ルカの影がノートに触れる。
「だが、今度は違う。
お前が選ぶ言葉で、この世界は続いていく。
“第六の記録”は、俺たちの終わりじゃなく、始まりなんだ」
第五節 運命の選択
扉の奥に、巨大な歯車が現れた。
それは“時間”そのものを象徴する装置。
ルカの声が低く響く。
「書け。――お前の選ぶ“最初の一行”を」
ユリウスは震える手でペンを持った。
ページは真っ白。
彼は深く息を吸い、ゆっくりと書き始める。
『俺は未来を恐れない。
ただ、誰かの痛みを忘れないために――書く。』
歯車が回り始め、光が溢れた。
世界が揺れ、止まっていた時計が再び動き出す。
エリナが呟く。
「時間が……戻った……?」
ルカは微笑み、ゆっくりと消えていく。
「ようやく、“記録”が未来を受け入れたんだ」
終章 新しい時の鼓動
地上に出ると、朝日が差していた。
止まっていた鐘楼が、ゆっくりと時を刻み始める。
ユリウスはノートを閉じ、微笑んだ。
「……やっと、“書く”意味が分かった気がする」
エリナが笑う。
「これでようやく、あなたも“継ぐ者”の一人ね」
風が吹き、ページが一枚めくれる。
『第六の記録:第一章完了。
次なる筆者、選定中。』
リディア、ルカ、リアナ――
そして今、ユリウスの時代が始まる。




