第2部 第6話 再生する世界
第一節 新しい朝
それは、まるで世界が一度息をついたかのような静かな朝だった。
砂漠の国サランディアに、かつての青空が戻ってきている。
王国の旗が新しく掲げられ、人々は再び街を築き始めていた。
リディアとノアは、神殿跡の丘に並んで立っていた。
「……ようやく終わったのね」
「“記録”が消えてから、もう二週間だ」
ノアの声には疲れと安堵が混じっていた。
リディアは風に髪を揺らしながら、静かに微笑む。
「でも、何か違うの。
世界が“終わった”んじゃなくて、“始まり直してる”感じがするの」
ノアは少し笑った。
「そりゃあそうだ。君が“記録なき未来”を望んだんだ。
世界は、それに応えたんだよ」
第二節 再生の儀
王都アステリアへ戻ると、国中が祭の準備に沸いていた。
アレン国王が命じた“再生の儀式”――
過去を悼み、未来への誓いを立てる日。
広場に集まる民衆。
壇上に立つリディアの姿を見て、皆が静まり返る。
彼女は深呼吸し、マイクの前に立った。
「この十年、私たちは“記録”という名の運命に縛られてきました。
けれど、今日ここに誓います。
――私たちはもう、誰かに未来を決めさせません。
未来は、私たちの心の中にあります」
拍手が鳴り響き、子どもたちの歓声が空に舞う。
その瞬間、リディアの胸元が微かに光った。
母リアナの形見であるペンダントが、柔らかく脈打っていた。
「……お母様?」
小さく囁くと、風が頬を撫でた。
まるで、「よくやった」と言っているようだった。
第三節 ノアの不安
その夜。
祭の余韻が残る王城のバルコニーで、ノアが月を見上げていた。
「……静かすぎる」
リディアが隣に立つ。
「珍しいわね、あなたがそんな顔するなんて」
「俺、あの巫女ミレイナの最後の言葉が気になってるんだ」
『“記録”は、人が恐れる限りまた生まれる』
ノアは拳を握る。
「人の心から“恐れ”や“後悔”が消えることはない。
つまり、“記録”は必ず再び姿を現す」
リディアは静かに答えた。
「それでもいいの。
生まれてくるなら、今度は“壊すため”じゃなく、“守るため”に使えばいい」
「……君は本当に、強くなったな」
「あなたもね。昔はすぐ諦めてたくせに」
二人は微笑み合い、夜風の中で肩を寄せた。
第四節 未知の訪問者
翌朝、王城の門に一人の旅人が現れた。
フードを深く被り、背には奇妙な金属の箱を背負っている。
「アステリア王女リディア殿に、これを届けに参りました」
箱を開けると、中には一本の羽根ペンと古びた日記帳。
表紙には金文字でこう刻まれていた。
『第五の記録 ― 人の手による未来』
リディアは息を呑んだ。
「……“第五の記録”? また、記録が……?」
旅人は静かに頷く。
「これは、あなた自身が書き始めた“未来”です」
その声を聞いた瞬間、彼女は確信した。
――これは、誰かの命の続き。
「……ルカ、なのね?」
男は微笑んだ。
「彼の魂は、あなたに託された。
あなたが選ぶなら、“第五の記録”は世界の未来を守るために生まれる」
第五節 新しい筆
夜。
リディアは机に向かい、羽根ペンを手に取った。
インクの先が、まるで心臓の鼓動のように震えている。
ページを開くと、真っ白な紙が待っていた。
そこに、一行だけ文字が浮かぶ。
『ここから先は、あなたが書きなさい。』
リディアはゆっくりと微笑み、ペンを走らせた。
――“記録”ではなく、“想い”として。
『第五の記録 第一頁
私の名はリディア・エルシェル。
この世界が、もう二度と未来に怯えぬよう、
私は愛と希望の物語を綴る。』
窓の外で風が優しく吹いた。
母リアナの歌声が、どこか遠くから聞こえる気がした。
「お母様、見てて。今度は、私たちの手で未来を創るから」
月明かりの下、新しい“記録”が始まった。




