第2部 第5話 第四の記録
第一節 砂の都の崩壊
光が収まった時、リディアたちは見知らぬ場所に立っていた。
空は灰色、砂漠の街がゆっくりと形を失っていく。
時間そのものが解けている。
「……ここは?」
ノアが辺りを見回す。
「サランディアの都が……消えていく?」
遠くで人々の悲鳴が響いた。
建物は砂に溶け、道は光に飲み込まれていく。
その中心に、ミレイナの姿があった。
彼女の両手には二冊の書物。
ひとつは黒、もうひとつは白。
そして、両方の記録から赤い糸のような光が伸び、空に繋がっている。
「リディア・エルシェル。あなたが来ることは“未来の記録”に書かれていたわ」
「あなたは何者なの?」
「私は、リアナ・エルシェルの“複製体”。――第四の記録が生み出した存在よ」
第二節 母の影
「複製体……? そんな、あり得ない」
リディアの声が震える。
「母はもう亡くなったのに!」
「確かに。だが、彼女の“心”は記録に保存されていた。
私は、そのデータから生まれた。言わば、記録が創った“もう一人の聖女”」
ミレイナは穏やかに微笑む。
「リアナは未来を恐れた。だから記録を焼いた。
けれどあなたたち人間は、結局また“未来”を求めた。
――ならば、私は未来そのものを作り直す」
「作り直す?」
「ええ。時間を一度“初期化”するの。
過去も、現在も、未来も、私の記録の中に統一する。
そうすれば、誰も苦しまない世界が完成するわ」
リディアの胸に、母の笑顔がよぎる。
「……そんなの、母の望んだ未来じゃない!」
ミレイナの瞳が一瞬だけ揺れる。
「それでも、“彼女の魂”は私の中で生きているのよ」
第三節 記録の融合
空が裂け、白と黒の書物が浮かび上がる。
ミレイナが詠唱を始めた。
『第四の記録、融合を開始。
対象:過去・現在・未来の統合。』
砂漠の空が光に変わり、世界の輪郭が歪む。
ノアが剣を抜き、叫ぶ。
「止めろ! これ以上やったら時が崩壊する!」
「崩壊じゃないわ、“再生”よ」
風が爆ぜ、リディアの耳に“声”が響く。
――“リディア、彼女を止めなさい。あれは私じゃない”
母の声だった。
「……お母様?」
ミレイナの詠唱が止まる。
「今の声、聞こえた?」
「ええ。あなたの中の“本当のリアナ”が、泣いてる」
「……っ!」
ミレイナの瞳が苦しげに揺れた。
第四節 心の決闘
風が止まり、空間が静まる。
リディアは一歩前へ。
「あなたの中に“母”がいるなら、感じているはず。
本当は未来を壊したくなんてない!」
ミレイナが囁く。
「私に“心”などない。私は記録の写しにすぎない」
「だったら、どうして今、涙が出てるの?」
その言葉に、ミレイナの頬を一筋の涙が伝う。
光が瞬き、空間に幻が浮かんだ。
それは、リアナが微笑む姿。
「ミレイナ……あなたは私の“祈り”から生まれたの。
だからもう、未来を壊す必要はないわ」
ミレイナの指先が震え、白い書が手から落ちた。
ページが風に舞い、赤い糸が切れる。
第五節 消滅の祈り
「これで……いいのね?」
ミレイナが静かに問う。
「ええ。もう休んで。あなたは母の一部、そして……私の一部でもある」
ミレイナは微笑み、空を見上げた。
「“記録”は、最後に人の心を学ぶ。
それが、私の役目だったのかもしれない」
身体が光に変わり、砂の中へと溶けていく。
最後の一言は、風に乗って届いた。
『ありがとう、リディア。
未来はもう、あなたの手の中にある。』
終章 静かな未来へ
翌朝。
砂漠に緑が戻り始めた。
失われた街も、少しずつ再生していく。
ノアが空を見上げて呟く。
「これで、今度こそ終わったんだな」
「ええ。でも……“記録”って、たぶんまた誰かの心に生まれるのね」
リディアは笑う。
「未来を知りたいと思う限り、人は記録を創る。
でも、それを壊せるのも人の“想い”だけ」
風が二人の頬を撫でた。
まるで、リアナとルカが見守っているように。
そして彼女はペンダントを握りしめ、静かに呟いた。
「お母様、お兄様。――ありがとう。
私は、この世界の“今”を生きるよ。」




