表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/3

第二章 闇の奥

 足音が、やけに大きく響く。

 陸は自分の呼吸が妙に浅くなっていることに気づいた。

 トンネルの中は、外の世界から切り離されたように冷たく、音が吸い込まれていく。

 懐中電灯の光が、濡れたコンクリートの壁を舐める。

 そこには、数メートルおきに赤いスプレーで描かれたカラスのマークが続いていた。

 ──誰が、何のために。


 不意に、足元でカランと音がした。

 光を向けると、小さなガラス瓶が転がっている。

 中には乾いた紙切れが押し込まれていた。


 瓶の口には、黒い糸で固く封がしてある。

 陸はしばらくためらったが、思い切って糸を切り、中身を取り出した。

 紙には、不揃いな文字でこう書かれていた。


 > 見るな、探すな、関わるな


 心臓がドクンと跳ねる。

 だが、同時に奥へ進まなければならないという衝動が、さらに強くなっていく。


 トンネルは緩やかに下り、やがて広い空間へと開けた。

 そこは古い地下駅のようだった。

 壁には剥がれかけた路線図、割れたベンチ、錆びた案内板が並んでいる。

 もう何十年も人が使っていないはずなのに、空気は妙に生暖かかった。

 そのとき、背後で何かが落ちる音がした。

 反射的に振り向くが、光の輪の外は完全な闇。

 ただ──かすかに、誰かの息づかいのようなものが聞こえた。


 「……誰か、いるのか?」


 声が闇に溶け、返事はない。

 陸はもう一度光を振るが、そこにはただ湿った空気と埃だけが漂っていた。


 駅構内の壁の一角に、大きな絵が描かれていた。

 赤と黒のスプレーで描かれたカラスたちが、中央の人影を取り囲んでいる。

 その人影の顔は白く塗りつぶされ、口だけが赤く大きく裂けていた。

 見てはいけないものを見たような感覚に、陸は思わず一歩下がる。

 すると、その足元に何かが引っかかった。


 拾い上げると、それは細い金属製のタグだった。

 「K-17」と刻まれた文字が鈍く光る。


 ──港の倉庫にも、こんなタグがあった気がする。

 小さい頃、父に連れられて港に行ったときに見た、貨物用のコンテナ番号。


 その記憶と、このトンネル、赤いカラス。

 すべてがどこかで繋がっているような気がしてならなかった。


 背後から、今度ははっきりと足音がした。

 反射的に振り返ると、光の先に小柄な影が立っている。

 それは──小学生くらいの少年だった。

 髪はぼさぼさで、制服のようなものを着ているが、埃と泥で汚れている。

 何より、表情がない。

 まるで人形のような無表情で、じっと陸を見つめていた。


 「……君、どうしてこんなところに──」


 言いかけた瞬間、少年はくるりと背を向け、奥の暗闇へ走り去った。

 慌てて追いかける。


 だが、足音はすぐに消え、トンネルの奥は再び静寂に沈んだ。


 諦めて引き返そうとしたとき、壁の低い位置に赤いペンキで描かれた文字が目に入った。

 そこには、こう書かれていた。

 > 三番扉 港


 胸の奥で、何かがひどく冷たくなる。

 ポケットの中で、拾った鍵が小さく音を立てた。


 ──これは偶然なんかじゃない。


 陸はそう確信し、暗闇の中でもう一度、鍵を握りしめた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ