第一章 放課後の紙切れ
放課後の教室は、日が傾くにつれて色を変えていく。
オレンジ色の光が黒板を斜めに照らし、机の上に長い影を落としていた。
窓際の席で、陸はぼんやりとノートを眺めていた。
中身は授業の板書ではなく、ページの端に描かれた無数の落書きだ。
無意識にペンを走らせているうちに、カラスのシルエットばかりが増えていく。
──なんで、またカラスなんだろう。
そんなことを思った瞬間、廊下を走る靴音が近づき、机の上に一枚の紙がひらりと舞い落ちた。
「……何だ、これ?」
紙には赤インクで、こう書かれていた。
> 港の倉庫街、三番扉
> 赤いカラスを探せ
息を呑んだ。
それはただの悪ふざけかもしれない。だが──一週間前、裏路地で拾った古びた鍵のことが脳裏に蘇る。
その鍵には、錆びた金属板がついていて、小さく「3」と刻まれていた。
──三番扉。
偶然とは思えなかった。
胸の奥で、何かがゆっくりと目を覚ますような感覚が広がる。
一週間前の夕方、陸は家へ帰る途中、商店街の裏路地を抜けようとしていた。
人通りのない狭い道の向こうで、黒いコートの人物が慌てた様子で何かを落とし、そのまま走り去った。
地面に落ちたそれは、小さな金属音を立てて転がった。
拾い上げると、手のひらにすっぽり収まる古びた鍵。
触れた瞬間、なぜか背筋を冷たいものが這い上がる感覚があった。
鍵についていた錆びた金属板には「3」の刻印。
その数字が、今になって紙切れの「三番扉」と重なった。
紙切れをポケットにしまい、陸は机の横に掛けていたバッグを手に取る。
背中に視線を感じて振り向くと、廊下の奥で誰かが立ち止まり、こちらを見ていた。
逆光で顔は見えない。
ほんの一瞬で、その影は廊下の角に消えた。
胸の鼓動が速まる。
ただの偶然か、それとも──。
家とは逆方向に足を向ける。
学校を出て、町外れの廃トンネルへと続く道を歩く。
あのトンネルの入口には、何年も前から頑丈な鉄柵が取り付けられていた。
夕暮れの空は群青に変わり、街灯が一つ、また一つと灯っていく。
やがて陸はトンネルに辿り着いた。
柵の前に立ち、鍵を取り出す。
錆びた鍵を錠前に差し込むと、驚くほど滑らかに回った。
カチリという乾いた音が、やけに大きく響く。
柵を開けた瞬間、トンネルの奥から冷たい風が吹きつけた。
湿った土と鉄の匂いが鼻を刺し、暗闇の奥で何かがわずかに動いたような気がした。
陸は懐中電灯を点け、一歩足を踏み入れた。
光の輪の中、壁に赤いスプレーの跡が浮かび上がる。
それは──カラスの影だった。