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プロローグ 赤いカラス
夜の港は、死んだように静かだった。
鉄の匂いと潮の香りが入り混じった空気が、肌にまとわりつく。
遠くで貨物船の低い汽笛が響くたび、陸の胸は重く締めつけられる。
──あの夜も、こんな音がしていた。
港の倉庫街。
その一角に、赤いスプレーで描かれたカラスのマークがあった。
羽を広げ、鋭い嘴をこちらに向けたそれは、夜の闇よりも不吉に見えた。
陸は息を潜め、鉄扉の前に立つ。
手のひらの中には、一週間前に拾った古びた鍵がある。
指先に感じる冷たさは、ただの金属の温度ではなかった。
──これを使えば、すべてが動き出す。
そんな予感が、背骨を冷たく撫でていく。
風が吹き、港の影が揺れる。
遠くから足音。
その向こうに、赤いカラスのマークと同じペンダントを首に下げた男が現れた。
「ようやく来たか」
低くくぐもった声。
その声を聞いた瞬間、陸の背筋は氷のように固まった。