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無能の烙印と聖なる掌  作者: 英瀬
第二章
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第二十五話 静寂の訪れ

 どれほどの時間が過ぎたのだろうか。

 僕の身体は、鉛のように重く、指一本動かすこともできなかった。

 しかし、全身を駆け巡る激痛の向こうに、かすかな温かさと、心地よいそよ風を感じた。


 僕がゆっくりと目を開くと、そこにはまばゆい光が差し込んでいた。

 先ほどまで世界を覆っていた黒い瘴気は、完全に晴れ渡っていた。

 鉛色だった空は跡形もなく、大きく開いた雲の切れ間から、眩い太陽の光が降り注ぐ。

 その日差しは、僕の疲弊した身体を優しく包み込み、魂の奥深くまで温めてくれる。


 《テオドール、目を覚ましたか!》


 頭上から、安堵に満ちたバルトルの声が聞こえた。

 僕がゆっくりと顔を上げると、心なしか心配そうな表情をしたバルトルが、僕の顔を覗き込んでいる。

 彼の琥珀の瞳が、潤んでいるようにも見えた。

 その隣には、アデリアが膝をつき、僕の無事を確かめるように、そっと僕の額に手を置いていた。

 彼女の指先は、僕の熱い肌を優しく撫でる。


「バルトル……アデリア……」


 僕は掠れた声で、二人の名前を呼んだ。

 声帯が震え、全身の筋肉が軋むような痛みが走った。


「テオドール、大丈夫?すごい光だったから、心配したのよ。もう、心臓が止まるかと思ったんだから!」


 アデリアは、僕の無事に心から安堵したように、安堵の息を漏らした。

 彼女の顔には、土や血の汚れがこびりついていたが、その瞳は澄み切り、歓喜に輝いていた。


 僕はゆっくりと身体を起こし、周囲を見渡した。

 穢れの核があった場所には、もはや禍々しい黒い心臓の姿はなかった。

 代わりに、深くえぐられた巨大なクレーターができており、その底からは、清らかな泉の水が湧き出していた。

 穢れによって黒く染まっていた大地も、少しずつ元の土の色を取り戻しつつあり、枯れていた木々には、かすかな緑色の芽が芽生え始めていた。

 生命が、この地に戻り始めているのだ。


「やったわね、テオドール……! あなたは本当に、穢れを消し去ったのよ……!」


 アデリアが歓喜の声を上げ、僕に抱きついた。

 彼女の温かい体温が、僕の心に深く染み渡る。

 彼女の目からは、とめどなく涙が溢れ出ていた。


 《ああ……穢れの源は、消滅した》


 バルトルが静かに言った。

 彼の声には、深い安堵と、僕への誇りが込められているのが感じられた。

 彼の身体も、安心からか、かすかに震えているようだった。


 僕の心臓が、ゆっくりと、しかし確実に、喜びの鼓動を刻み始める。

 全身を駆け巡る極限の疲労感は尋常ではなかったが、それ以上に、成し遂げたことへの圧倒的な達成感が僕を満たしていた。

 僕の光が、この地の穢れを、確かに浄化したのだ。


 穢れの核を破壊したことで、この森は急速に浄化されていくのが感じられた。

 周囲の空気は澄み渡り、肺いっぱいに吸い込むたびに、清々しい生命の息吹が身体中を満たした。

 遠くからは鳥のさえずりが聞こえ、かすかに風が木々の間を吹き抜ける音も聞こえる。

 穢れの獣たちの姿も、もうどこにもない。

 世界が、元の姿を取り戻し始めているのだ。


 僕たちは、しばらくその場で休んだ。

 光の里から持ってきていた保存食を、僕とアデリアで分けあって食べる。

 質素なはずの硬い肉片と、冷たい水が、こんなにも美味しく感じられるとは。

 一口噛みしめるたびに、身体の奥から力が湧いてくるようだった。


「これで……この世界の穢れは、すべて消えたのかな?」


 僕がそう呟くと、バルトルは首を振った。


 《いいや、テオドール。残念ながら、穢れの源は、世界の各地に存在する。今回お主が破壊したのは、そのうちの一つに過ぎない。だが、お主の力は、穢れを浄化できることを明確に証明したのだ。ここからが、お主の本当の旅の始まりなのだ》


 バルトルの言葉に、僕は覚悟を新たにした。

 まだ旅は終わっていない。

 だが、僕はもう一人ではない。

 バルトルというかけがえのない相棒と、アデリアという心強い友人がいる。

 そして、僕には、穢れに苦しむ人々を救うための「聖なる癒やしの力」がある。


 アデリアは、森の奥から湧き出る清らかな泉の水を掌にすくい、喉を潤した。

 彼女の顔には、旅の疲れよりも、未来への期待が満ち溢れている。


「さっ、テオドール!里に戻って、みんなにこの良い知らせを伝えましょう! そして、次はどこへ向かうの? 穢れの源が他にもあるなら、私、あなたの旅にまたついていくわ!」


 アデリアの瞳は、冒険の輝きに満ちていた。

 彼女の言葉が、僕の疲れた身体に活力を与えてくれる。


 僕たちは、互いに顔を見合わせ、そして頷き合った。

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