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無能の烙印と聖なる掌  作者: 英瀬
第二章
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外伝:第四話 託された光

 光の里に滞在して数日が経ち、テオドールの修行が本格的に始まってから初めての満月の夜だった。

 里の喧騒が静まり、テオドールが眠りについたのを確認すると、バルトルは静かにその場を離れた。

 彼が向かったのは、長老が瞑想を行う、里の中心にある最も大きな木の下に設えられた空間だった。


 長老は、静かに目を閉じ、大木の根元に座っていた。

 その姿は、まるで森そのものと一体化しているかのようだった。

 バルトルが近づくと、長老はゆっくりと目を開いた。

 その瞳は、深淵な知識と、悠久の時を見守ってきたかのような穏やかな光を宿している。


 バルトルは長老の前に座り込んだ。

 漆黒の毛並みは、月明かりの下でかすかに金色に瞬き、まるで夜空の星屑が舞い降りたかのようだった。


 《長老よ、テオドールに修行を施してくれること、深く感謝する》


 バルトルはテレパシーで長老に語りかけた。

 その声は、テオドールの心に直接響く声とは異なり、より深く、より重みのある響きを持っていた。


「来られましたか、バルトル殿。感謝など無用ですぞ。預言の子を導くは、我らエルフの長き使命。それに、貴殿がなぜ、今までご自身で彼に多くを語らず、私どもの元へと導いたのか、その真意も理解しているつもりです」


 長老の言葉に、バルトルは微かに鼻を鳴らした。


《流石は長老。見抜いていたか》


 長老は、ゆっくりと頷いた。


「彼の光は、預言の通り純粋であり、精霊たちも彼に呼応している。私どもが持つ古の知識と、精霊の力を融合させれば、彼の聖なる癒やしの力は、さらなる深みを得ることでしょう」


「それは喜ばしいな」


 バルトルはそう言いながらも、その琥珀色の瞳には、なにかを問いかけるような色が浮かんでいた。

 長老は、その視線を受け止めるように、静かに続けた。


「バルトル殿は、テオドール殿の力を、誰よりも早く見出した者。そして、その未熟な光を、世界に抗う力へと育てるために、ご自身が全てを教え込むことの限界も、理解していたのでしょう。だからこそ、この精霊の森、そして我らエルフの元へと導いた。私どもが持つ古の知識と、精霊との繋がりが、あの子の力を真に開花させると知ってのことだ」


 長老は、フッと息を吐いた。

 それは、悠久の時を生きてきた者だけが持つ、深い諦観のようにも、あるいは穏やかな微笑みのようにも聞こえた。


「テオドール殿は、まだ幼い。そして、これまで『無能』と蔑まれ、己の力を信じられない日々を送ってきた。もし、貴殿が最初から全てを語っていれば、彼はその重すぎる宿命に押し潰されていたでしょう。あるいは、あなたの言葉に盲従し、自ら考えることを放棄したかもしれませんな」


 長老は、一呼吸置き、さらに続けた。


「聖なる癒やしの力は、単なる魔力の行使ではない。それは、使い手の魂の光そのものだ。その力は、使い手の心が迷い、揺らげば、決して真の輝きを放つことはない。テオドール殿が自らの手で、自らの力で、人々の心を癒やし、希望を取り戻していく過程こそが、彼自身の光を強くしていく。彼の心が、真に使命を受け入れ、覚悟を決めるためには、他者から与えられた知識だけでなく、己の経験と、魂の輝きが不可欠でありましょう」


 バルトルは、長老の言葉に静かに耳を傾けていた。

 彼の瞳には、深く考える色が浮かんでいる。


 《その通りだ。あの子の経験こそが、あの子を『光の癒やし手』として成長させる糧となる。私の言葉は、あの子の成長を阻害する毒にもなりかねない。だからこそ、我はテオドールを導くことを選んだ》


 長老は、森の奥を見つめるように遠い目をした。


「あなたは、テオドール殿に『古の穢れ』の真の姿を理解させ、それに対抗する術を学ばせるため、我々エルフにその役目を託したのでしょうな。あなたがいくら語ろうとも、私どもが数千年かけて継承してきた知識と経験には及ばない。そして、あなた自身も、本来肉体を持たぬ存在だ。穢れの真の根源や、この世界の理、そして精霊との深い感応といった、こちら側の『根源的な知恵』を伝えるには、我々エルフが貴殿よりも適していると判断したのですね」


 長老は、ゆっくりと立ち上がった。


「我々エルフは、遥か昔より、この世界を覆い尽くした『古の穢れ』の脅威を知る唯一の種族です。我々の祖先は、その災厄を生き延び、穢れを打ち払った『聖女』の預言と、穢れを浄化するための知識を、血脈と共に継承してきました。あなたは、テオドール殿が持つ『根源的な力』を最大限に引き出すためには、それらの知識が不可欠だと見抜いた」


 バルトルは、長老の言葉に深く納得したように、小さく頷いた。

 彼の瞳に宿っていた試すような色は消え、代わりに深い信頼と、そして静かな覚悟の色が浮かんでいた。


《長老、お主の慧眼には恐れ入った。その通りだ。テオドールは、単なる癒やし手ではない。この世界の穢れを根源から浄化し、新たな均衡をもたらす存在となる。そのために、あの子には私の力だけでは伝えきれない、この世界の真の歴史と、根源的な力との繋がりが必要なのだ。だからこそ、この里に、お主らエルフに、あの子を託したのだ》


 バルトルの言葉には、テオドールへの深い信頼と、そしてこの世界を救うという、彼の固い決意が込められていた。


 長老は、静かに微笑んだ。

 その笑顔は、どこか遠い過去の記憶を慈しむようにも見えた。


「我々エルフも、預言の光がこの里に現れたことを喜び、その成長を助けることを使命と心得ている。テオドール殿は、我々の希望でもあるのだから。彼の光が、再びこの世界に真の夜明けをもたらすことを、我々は信じていますよ」


 夜風が、大木の葉を揺らし、カサカサと音を立てる。

 その音は、まるで森の精霊たちが、二人の対話を見守り、彼らの決意を祝福しているかのようだった。

 バルトルと長老の間に流れる空気は、深い理解と、そして未来への確かな希望に満ちていた。

 テオドールが、この光の里で、その真の力を開花させる日は、そう遠くないだろう。

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