第二話 魔力測定
翌日。
夕飯のときに僕を呼びにきた初老のメイドが、他にも数名のメイドを引き連れて、朝の身支度を手伝いにやってきた。
昨夜は考え事をしながら、ソファでそのまま眠りこけてしまったようだ。
その様子を見ても、彼女たちはなにも言わず、テキパキと各々の仕事をしている。
洗面器とお湯の準備をしていたメイドに促されるまま、顔を洗い手渡された清潔なタオルで顔を拭いた。
次に、別のメイドに着ていた服を脱がされそうになり、慌てて自分でやると断った。
だが、どうにも着慣れないこの豪奢な服は、着方どころか脱ぎ方すらまともにわからず、仕方なくあらためてメイドに任せることにした。
脱着している間、緊張するやら恥ずかしいやらで、話しかけられるたびに声が裏返ってしまった。
着替えの担当のメイドに、訝しんだ顔で見られていた気がする。
朝食を済ませたあと、馬車に乗って、神殿のような場所まで連れてこられた。
ちなみに今朝は、同じテーブルを囲む人はいなかったので、夕飯を食べ損ねた分までたらふく食べた。
昨日の父親の発言のせいで、もうずっとペコペコだったのだ。
神殿に入ってから、長い間、華美な装飾で飾られた廊下を通ってきたが、最後に案内された場所の扉は、一際豪華で荘厳な雰囲気を纏っていた。
扉が開かれる前、白い装束を身につけた女性に、身の丈ほどの長いローブを羽織らされた。
今は温暖な時期であるためか、少し暑苦しい。
扉が開くと、とても広大な広間に通される。
中には、大勢の貴族風な人たちが僕を待つように控えていた。
広間の中央には、自分の身長よりも高い、巨大な水晶玉が置かれている。
水晶玉の周りには、扉の外で会った女性と同じ服装をした、魔法使いのような老人たちが数名、厳かな表情で僕を待ち構える。
彼らの手の甲には、なにやら古めかしい文字が刻まれた紋様が浮かび上がっており、その手からは微かな光が放たれている。
広間を埋め尽くす人々の視線が、一斉に僕に注がれる。
その視線には、期待と、好奇心と、そして、どこか冷たい嘲りの色が混じり合っていた。
僕は、テオドールという少年に向けられる期待の裏に、深い失望が隠されていることを本能的に感じ取った。
「集中しなさい、テオドール様!」
魔法使いの一人が、手に持つ年季の入った木の杖を地面に打ちつけ、重々しい声で命じた。
その声に、僕は驚きを隠せず、全身がビクリと震える。
「今からあなたの魔力測定を行います。準備がよろしければ、こちらの水晶に手をおかざしください」
魔法使いに言われるままに、水晶にゆっくりと手をかざした。
ひんやりとした感触が、掌に伝わる。
魔法使いが、旧来の言葉で呪文を唱え始めると、その声は広間に響き渡り、空気が震えるような錯覚を覚えた。
水晶玉が、淡い光を放ち始める。
光は徐々に強さを増し、僕の顔を照らした。
僕は、必死に水晶玉を見つめた。
なにか、なにか起こってくれ。
昨夜からのこの胸のざわめきが勘違いでなければ、なにか嫌なことが起こる気がする。
期待と不安が入り混じった感情が、胸の中で渦巻く。
しかし、水晶玉に僕の願いが届くことはなく、その光は一向に強くなることはなかった。
それは、ただ淡く、存在を主張するだけ。
僕の掌からは、なんの力も感じられない。
人々の嘆息の声が、だんだんと広間のあちこちから聞こえ始めた。
最初は小さな囁き声だったものが、徐々に大きくなっていく。
「やはり無能か……」
「ヴィルト家の恥さらしが……」
「またか……」
僕は、その言葉の意味をなんとなくだが理解できた。
かつて、このテオドールという少年は、今と同じように魔力測定にかけられ、期待を裏切ってきたのだろう。
そして、彼は「無能」という烙印を押され、家族や周囲から蔑まれてきたのだ。
魔法使いは儀式を中断し、彼らの手の甲の紋様の光も、水晶のものとともに小さくなり、消えていった。
疲労と、わずかな失望の表情が彼らの顔に浮かんでいる。
「魔力、ゼロ。まったくの無能。ヴィルト家のご子息、テオドール・フォン・ヴィルトは、魔法の才を持ちません」
魔法使いの宣告が、広間に響き渡った。
その瞬間、これまで押さえつけられていたざわめきが、一気に爆発した。
近くでこちらを見ていた父親の顔は怒りで歪み、母親はあからさまに顔を背けている。
僕の存在を拒絶するかのようだった。
周りの貴族たちも、嘲笑を隠そうともしない。
僕は、その場の空気が、自分に対して発せられる悪意に満ちていることを肌で感じた。
その日から、僕テオドールの生活は一変した。
屋敷の地下にある、窓もない薄暗い部屋に、閉じ込められるように移動させられた。
部屋には、貴族が使用するとは思えない粗末な木製のベッドと、小さな机と椅子があるだけ。
使用人たちも、僕に会うことを露骨に避けるようになった。
魔力を持たない者は、この世界では「異端者」であり、人間としての価値はないに等しかった。
僕の存在は、ヴィルト家の汚点として、完全に無視された。