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無能の烙印と聖なる掌  作者: 英瀬
第一章 
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第二話 魔力測定

 翌日。

 夕飯のときに僕を呼びにきた初老のメイドが、他にも数名のメイドを引き連れて、朝の身支度を手伝いにやってきた。

 昨夜は考え事をしながら、ソファでそのまま眠りこけてしまったようだ。

 その様子を見ても、彼女たちはなにも言わず、テキパキと各々の仕事をしている。

 洗面器とお湯の準備をしていたメイドに促されるまま、顔を洗い手渡された清潔なタオルで顔を拭いた。

 次に、別のメイドに着ていた服を脱がされそうになり、慌てて自分でやると断った。

 だが、どうにも着慣れないこの豪奢な服は、着方どころか脱ぎ方すらまともにわからず、仕方なくあらためてメイドに任せることにした。

 脱着している間、緊張するやら恥ずかしいやらで、話しかけられるたびに声が裏返ってしまった。

 着替えの担当のメイドに、訝しんだ顔で見られていた気がする。


 朝食を済ませたあと、馬車に乗って、神殿のような場所まで連れてこられた。

 ちなみに今朝は、同じテーブルを囲む人はいなかったので、夕飯を食べ損ねた分までたらふく食べた。

 昨日の父親の発言のせいで、もうずっとペコペコだったのだ。


 神殿に入ってから、長い間、華美な装飾で飾られた廊下を通ってきたが、最後に案内された場所の扉は、一際豪華で荘厳な雰囲気を纏っていた。

 扉が開かれる前、白い装束を身につけた女性に、身の丈ほどの長いローブを羽織らされた。

 今は温暖な時期であるためか、少し暑苦しい。


 扉が開くと、とても広大な広間に通される。

 中には、大勢の貴族風な人たちが僕を待つように控えていた。

 広間の中央には、自分の身長よりも高い、巨大な水晶玉が置かれている。

 水晶玉の周りには、扉の外で会った女性と同じ服装をした、魔法使いのような老人たちが数名、厳かな表情で僕を待ち構える。

 彼らの手の甲には、なにやら古めかしい文字が刻まれた紋様が浮かび上がっており、その手からは微かな光が放たれている。


 広間を埋め尽くす人々の視線が、一斉に僕に注がれる。

 その視線には、期待と、好奇心と、そして、どこか冷たい嘲りの色が混じり合っていた。

 僕は、テオドールという少年に向けられる期待の裏に、深い失望が隠されていることを本能的に感じ取った。


「集中しなさい、テオドール様!」


 魔法使いの一人が、手に持つ年季の入った木の杖を地面に打ちつけ、重々しい声で命じた。

 その声に、僕は驚きを隠せず、全身がビクリと震える。


「今からあなたの魔力測定を行います。準備がよろしければ、こちらの水晶に手をおかざしください」


 魔法使いに言われるままに、水晶にゆっくりと手をかざした。

 ひんやりとした感触が、掌に伝わる。


 魔法使いが、旧来の言葉で呪文を唱え始めると、その声は広間に響き渡り、空気が震えるような錯覚を覚えた。

 水晶玉が、淡い光を放ち始める。

 光は徐々に強さを増し、僕の顔を照らした。


 僕は、必死に水晶玉を見つめた。

 なにか、なにか起こってくれ。

 昨夜からのこの胸のざわめきが勘違いでなければ、なにか嫌なことが起こる気がする。

 期待と不安が入り混じった感情が、胸の中で渦巻く。

 しかし、水晶玉に僕の願いが届くことはなく、その光は一向に強くなることはなかった。

 それは、ただ淡く、存在を主張するだけ。

 僕の掌からは、なんの力も感じられない。


 人々の嘆息の声が、だんだんと広間のあちこちから聞こえ始めた。

 最初は小さな囁き声だったものが、徐々に大きくなっていく。


「やはり無能か……」

「ヴィルト家の恥さらしが……」

「またか……」


 僕は、その言葉の意味をなんとなくだが理解できた。

 かつて、このテオドールという少年は、今と同じように魔力測定にかけられ、期待を裏切ってきたのだろう。

 そして、彼は「無能」という烙印を押され、家族や周囲から蔑まれてきたのだ。


 魔法使いは儀式を中断し、彼らの手の甲の紋様の光も、水晶のものとともに小さくなり、消えていった。

 疲労と、わずかな失望の表情が彼らの顔に浮かんでいる。


「魔力、ゼロ。まったくの無能。ヴィルト家のご子息、テオドール・フォン・ヴィルトは、魔法の才を持ちません」


 魔法使いの宣告が、広間に響き渡った。

 その瞬間、これまで押さえつけられていたざわめきが、一気に爆発した。

 近くでこちらを見ていた父親の顔は怒りで歪み、母親はあからさまに顔を背けている。

 僕の存在を拒絶するかのようだった。

 周りの貴族たちも、嘲笑を隠そうともしない。

 僕は、その場の空気が、自分に対して発せられる悪意に満ちていることを肌で感じた。


 その日から、僕テオドールの生活は一変した。

 屋敷の地下にある、窓もない薄暗い部屋に、閉じ込められるように移動させられた。

 部屋には、貴族が使用するとは思えない粗末な木製のベッドと、小さな机と椅子があるだけ。

 使用人たちも、僕に会うことを露骨に避けるようになった。

 魔力を持たない者は、この世界では「異端者」であり、人間としての価値はないに等しかった。

 僕の存在は、ヴィルト家の汚点として、完全に無視された。

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