第十六話 預言の地
歩き続けて二日目、精霊の森の奥深くへと足を踏み入れていた僕たちの目の前に、突然、森の木々が途切れ、広々とした空間が広がった。
これまでの薄暗く、木々の密度が高い森とは一変し、光が溢れるその場所は、まるで別世界に迷い込んだかのような錯覚を覚えた。
そこには、まばゆいばかりの光を放つ巨大な木々が、天に向かって悠然と立ち並んでいた。
その幹は銀色に輝き、葉は深みのある緑色でありながら、光を反射してきらきらと瞬いている。
その間には、自然と見事に調和した美しい家々が点在していた。
家々は木の枝に築かれたり、洞窟を利用したり、あるいは巨大なキノコを模したようなものまで、その形は様々だったが、どれもが森の景観を少しも損なうことなく、まるで元からそこにあったかのように、完璧に溶け込んでいる。人工的な建造物であるにもかかわらず、まるで大自然の一部であるかのように、そこにあった。
「ここが、『光の里』。ようこそ、私たちの家へ!」
アデリアが、両手を広げて、満面の笑みで叫んだ。
その声は、里の清らかな空気に吸い込まれていくかのようだ。
里の空気は澄み渡り、心地よい風が僕の頬を優しく撫でていく。
その風は、生命の息吹を運び、僕の心臓に安らぎを与えてくれた。
そこには、穢れの影は微塵も感じられなかった。
森を覆っていたあの重苦しい瘴気も、ここでは一切感じられない。
里の中へと足を踏み入れると、僕たちはすぐに注目を集めた。
アデリアと同じような、金髪や銀髪のエルフたちが、好奇心に満ちた瞳で僕たちを見つめている。
彼らの瞳は、アデリアと同じく、どこか神秘的な輝きを放っていた。
彼らは、僕たちの見慣れない姿に驚いているようだったが、敵意は一切感じられない。
むしろ、その視線は、未知の存在に対する純粋な興味と、静かな歓迎を含んでいた。
アデリアは、そんな視線の中を、慣れた足取りで僕たちを案内した。
目指すは、里の最も奥深く、ひときわ大きく輝く大木の根元に位置する、長老の住居だった。
長老は、その巨大な木の根元に設けられた、自然と一体化した住居の奥で、静かに僕たちを待っていた。
彼は、僕が今まで出会った誰よりも長寿であることを示すかのように、長く、まるで夜明け前の空のような白い髪を蓄え、その瞳には、深淵な知識と、悠久の時を見守ってきたかのような、穏やかな光を宿していた。
その皺の刻まれた顔は、経験と知恵の証のように見えた。
「アデリア、よく戻った。無事で何よりだ。して、そちらの方々は?」
長老は、僕とバルトルに、優しく、しかしその奥には全てを見通すかのような深い視線を向けた。
その視線は、僕の心の奥底を見透かすようで、一瞬だけ、僕の心がざわついた。
アデリアは、僕たちのことを話すのが待ちきれないというように、熱心に村での出来事と、僕が持つ聖なる癒やしの力について説明した。
彼女の言葉は、まるで物語を語るように、興奮と熱意に満ちていた。
長老は、アデリアの言葉を静かに聞いていたが、その瞳は一点の曇りもなく、僕に注がれたままだ。
しかし、彼女が「穢れ」という言葉を口にするたびに、その表情はわずかに曇り、その白い眉の間に、深い皺が刻まれた。
それは、穢れが彼らにとっても、決して無関係な存在ではないことを示していた。
「なるほど……。穢れを癒やす力、か……。そして、その力を持つ者が、この時に現れたとは……」
長老は、ゆっくりと、しかし確かな声で呟いた。
その言葉には、僕が理解できない、深い意味を含んでいるようだった。
「それは、古の預言にある通りのこと」
長老の言葉に、僕は驚いて顔を上げた。
僕が持つ力が、そんな大いなる預言に関わっているとは、夢にも思わなかった。
戸惑いと、同時に、かすかな誇りが胸に広がった。
僕の胸には、この力がただの偶然ではないのだという、確かな実感も湧いてきた。
「預言、ですか? 僕の力が、その、預言に……?」
僕は、その言葉の意味を理解しようと、必死に頭を巡らせた。
長老は深く頷いた。その動きは、ゆっくりと、しかし荘厳だった。
「そうだ。我々エルフは、遥か昔より、この世界のバランスを守る存在として生きてきた。そして、世界が深い闇に覆われ、穢れが大地を蝕み、生命が脅かされる時……それを浄化する『光の癒やし手』が現れる、という預言が、代々伝えられてきたのだ」
長老の言葉は、まるで遠い過去から響く声のように、僕の心の奥底に染み渡った。
僕の力が、単なる偶然ではなく、この世界を救うための定められた使命を帯びているのだと、はっきりと理解した。
僕がヴィルト家で疎まれ、神殿で押された「無能」という烙印は、この預言の前では、あまりにも取るに足らないものに思えた。
「テオドール殿、そしてバルトル殿。あなた方は、まさしくその預言の光。この里で、穢れについて深く学び、その力をさらに高めることができるだろう。我々エルフも、あなた方の旅を、できる限りの知恵と力で支えよう。我々が守り続けてきた古の知識を、あなた方に授けよう」
長老の言葉は、僕にとって大きな希望となった。
この「光の里」で、僕は、自分自身の力について深く理解し、来るべき「穢れの源」との戦いに備えることができるだろう。
この場所こそが、僕の力が真に目覚めるための、大切な場所なのだと直感した。
僕とバルトルは、このエルフの里で、一時的に身を落ち着けることになった。