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無能の烙印と聖なる掌  作者: 英瀬
第二章
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第十五話 光の里への道

 この村での日々は、僕にとってかけがえのない宝物となった。

 僕の光が、人々の苦しみを和らげ、希望を取り戻す手助けができたこと。

 そして、僕自身の存在意義を、この世界で初めて見出すことができたこと。

 村全体で穢れの影が薄れ、子どもたちの笑い声が響くようになった頃、僕たちは新たな旅立ちの時を迎えていた。

 アデリアが、「穢れの源」を探す旅に、同行してくれることになったのだ。


 村を立つ朝、空は澄み渡り、太陽の光が村全体を優しく照らしていた。

 村の広場には、僕を見送るために、多くの村人たちが集まっていた。

 彼らの顔には、まだ病の疲れが残る者もいたが、その瞳は、僕が初めて村を訪れた日の絶望とは違い、温かい希望の光を宿していた。


「テオドール様……本当に、ありがとうございます」


 村の長老カールが、僕の前に進み出て、深々と頭を下げた。

 彼の声は、感謝の気持ちで震えている。


「テオドール様が来てくださってから、村は本当に変わりました。熱が引いて、みんなが少しずつ元気を取り戻して……。あなたは、この村の恩人です」


 カールの言葉に、他の村人たちも次々と頭を下げた。

 中には、目に涙を浮かべる者もいた。

 僕が掌を当てて癒やした幼い子どもたちが、僕の足元に駆け寄り、僕の服の裾をそっと引っ張った。


「テオのお兄ちゃん、もう行っちゃうの?」


 小さな女の子が、寂しそうに僕を見上げた。

 彼女の瞳には、別れを惜しむ気持ちが滲んでいる。


 僕は軽く屈み、その子の頭を優しく撫でた。


「うん、そうだね。でも、僕にはまだ、この世界を旅して、穢れに苦しんでいる他の人々を助ける使命があるんだ」


 僕がそう言うと、子どもたちは少し寂しそうな顔をした。

 しかし、すぐに別の男の子が、小さな拳を握りしめ、僕の目をまっすぐに見つめて言った。


「テオドール兄ちゃん、頑張って! きっと、他の人たちも、にいちゃんの光で元気になれるよ!」


 その言葉に、僕の胸が熱くなった。

 彼らは、僕を「無能」と呼んだ人間たちとは違い、僕の力を純粋に信じ、僕の旅を応援してくれている。

 彼らの笑顔が、僕の背中を強く押してくれた。


「みんな、ありがとう。僕は、みんなが元気になってくれたから、もっと強くなれたんだ。だから、僕が旅立つのは、みんなのおかげでもあるんだよ」


 僕は村人たち一人ひとりの顔を見つめ、心からの感謝を伝えた。

 彼らとの出会いが、僕の「聖なる癒やしの力」を単なる能力から、人々の希望を灯す使命へと変えてくれたのだ。


「テオドール様、どうか、お気をつけて。この村は、いつまでもあなたの帰りを待っています」


 最初の夜に出会った自警団のリーダーが、温かい眼差しで僕に語りかけた。

 その言葉には、穢れが完全に消え去った後の、明るい未来への願いが込められているようだった。


 バルトルは僕の肩に乗って、村人たちに小さく頭を下げた。

 アデリアもまた、村人たちに向かって手を振り、にこやかに微笑んだ。


「大丈夫! テオドールは、私がしっかり守るから! みんなも、元気でね!」


 アデリアの明るい声が、村に響き渡る。

 その言葉は、村人たちの不安を和らげ、彼らを笑顔にした。


 僕は、村人たちの温かい視線と、子どもたちの別れを惜しむ声に見送られながら、一歩一歩、村の入り口へと向かった。

 振り返ると、村人たちはまだその場に立ち尽くし、僕の背中を見守ってくれている。

 彼らの姿が、僕の心に深く刻まれた。



 アデリアの案内で進む道は、僕がこれまで歩んできた獣道とはまるで違っていた。

 村の周囲の森とは異なり、木々はより高く、天を突くかのようにそびえ立ち、その葉は一層深く、濃密に茂り、太陽の光もほとんど届かない。

 森の中は、まるで緑の洞窟の中にいるかのような薄暗さだった。

 しかし、その薄暗さの中に、不思議な生命の息吹が満ちているのを感じた。

 清らかな空気が肌を撫で、どこからともなく甘い花の香りが漂ってくる。

 足元の土は柔らかく、踏みしめるたびに微かな湿り気が伝わってきた。


「この森はね、『精霊の森』と呼ばれているの。精霊たちが、この森全体を守ってくれているから、穢れはここまで入ってこれないのよ」


 アデリアがそう説明するたびに、僕は木々の間から、かすかな光の粒が舞い上がるのを見た。

 それは、まるで蛍の光のように瞬き、あるいは、森の深部から湧き上がる生命の輝きのように見えた。

 あれが精霊たちの姿なのだろうか。

 僕の「聖なる癒やしの力」が、精霊たちの存在をより鮮明に、より近くに感じさせているのかもしれない。

 僕の心の奥底にある光の力が、精霊たちの輝きに呼応するように、微かに脈打つのを感じた。


 僕たちは、苔むした岩の間を縫うように進み、透明な水がサラサラと流れる小さな川を渡った。

 川の水は冷たく、澄み切っていて、その底には小さな魚たちが泳ぐ姿が見えた。

 アデリアの足取りは驚くほど軽やかで、まるで森の一部であるかのように自然だった。

 彼女は、木の根をステップにし、岩を飛び越え、細い枝の間をすり抜けるようにして、淀みなく進んでいく。

 その姿は、僕には森を舞う蝶のように見えた。

 一方で僕は、慣れない森の道に息を切らし、彼女についていくのがやっとだった。

 僕の靴は、粘りつく土で重くなり、バルトルも、時折、大きな木の根に躓きそうになりながら、僕の前をおぼつかない足取りで歩いている。


「アデリアは、本当にこの森に詳しいんだね……まるで、森がアデリアの家みたいだ」


 僕が息を切らしながら言うと、アデリアは振り返り、得意げに満面の笑みを浮かべた。

 その笑顔は、森の木漏れ日のように明るかった。


「当たり前でしょ? 私たちは森と共に生きているんだから。森の匂いも、風の音も、木の葉のざわめきも、全部私たちの言葉なの。この森は、私たちの故郷なんだから」


 彼女の言葉には、森への深い愛情と、それに対する揺るぎない誇りが込められていた。

 ヴィルト家の冷たい石造りの地下室で、外界との関わりを断たれて過ごした日々とは、あまりにもかけ離れた世界だった。

 そこには、穢れの影も、人々の苦しみも、一切感じられなかった。

 この森は、まさに「光の里」と呼ぶにふさわしい場所なのだろう。

 アデリアの言葉が、僕の心に新たな安らぎと、そしてこの森の奥深くに存在する未知の知識への期待を抱かせた。

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