第十五話 光の里への道
この村での日々は、僕にとってかけがえのない宝物となった。
僕の光が、人々の苦しみを和らげ、希望を取り戻す手助けができたこと。
そして、僕自身の存在意義を、この世界で初めて見出すことができたこと。
村全体で穢れの影が薄れ、子どもたちの笑い声が響くようになった頃、僕たちは新たな旅立ちの時を迎えていた。
アデリアが、「穢れの源」を探す旅に、同行してくれることになったのだ。
村を立つ朝、空は澄み渡り、太陽の光が村全体を優しく照らしていた。
村の広場には、僕を見送るために、多くの村人たちが集まっていた。
彼らの顔には、まだ病の疲れが残る者もいたが、その瞳は、僕が初めて村を訪れた日の絶望とは違い、温かい希望の光を宿していた。
「テオドール様……本当に、ありがとうございます」
村の長老カールが、僕の前に進み出て、深々と頭を下げた。
彼の声は、感謝の気持ちで震えている。
「テオドール様が来てくださってから、村は本当に変わりました。熱が引いて、みんなが少しずつ元気を取り戻して……。あなたは、この村の恩人です」
カールの言葉に、他の村人たちも次々と頭を下げた。
中には、目に涙を浮かべる者もいた。
僕が掌を当てて癒やした幼い子どもたちが、僕の足元に駆け寄り、僕の服の裾をそっと引っ張った。
「テオのお兄ちゃん、もう行っちゃうの?」
小さな女の子が、寂しそうに僕を見上げた。
彼女の瞳には、別れを惜しむ気持ちが滲んでいる。
僕は軽く屈み、その子の頭を優しく撫でた。
「うん、そうだね。でも、僕にはまだ、この世界を旅して、穢れに苦しんでいる他の人々を助ける使命があるんだ」
僕がそう言うと、子どもたちは少し寂しそうな顔をした。
しかし、すぐに別の男の子が、小さな拳を握りしめ、僕の目をまっすぐに見つめて言った。
「テオドール兄ちゃん、頑張って! きっと、他の人たちも、にいちゃんの光で元気になれるよ!」
その言葉に、僕の胸が熱くなった。
彼らは、僕を「無能」と呼んだ人間たちとは違い、僕の力を純粋に信じ、僕の旅を応援してくれている。
彼らの笑顔が、僕の背中を強く押してくれた。
「みんな、ありがとう。僕は、みんなが元気になってくれたから、もっと強くなれたんだ。だから、僕が旅立つのは、みんなのおかげでもあるんだよ」
僕は村人たち一人ひとりの顔を見つめ、心からの感謝を伝えた。
彼らとの出会いが、僕の「聖なる癒やしの力」を単なる能力から、人々の希望を灯す使命へと変えてくれたのだ。
「テオドール様、どうか、お気をつけて。この村は、いつまでもあなたの帰りを待っています」
最初の夜に出会った自警団のリーダーが、温かい眼差しで僕に語りかけた。
その言葉には、穢れが完全に消え去った後の、明るい未来への願いが込められているようだった。
バルトルは僕の肩に乗って、村人たちに小さく頭を下げた。
アデリアもまた、村人たちに向かって手を振り、にこやかに微笑んだ。
「大丈夫! テオドールは、私がしっかり守るから! みんなも、元気でね!」
アデリアの明るい声が、村に響き渡る。
その言葉は、村人たちの不安を和らげ、彼らを笑顔にした。
僕は、村人たちの温かい視線と、子どもたちの別れを惜しむ声に見送られながら、一歩一歩、村の入り口へと向かった。
振り返ると、村人たちはまだその場に立ち尽くし、僕の背中を見守ってくれている。
彼らの姿が、僕の心に深く刻まれた。
アデリアの案内で進む道は、僕がこれまで歩んできた獣道とはまるで違っていた。
村の周囲の森とは異なり、木々はより高く、天を突くかのようにそびえ立ち、その葉は一層深く、濃密に茂り、太陽の光もほとんど届かない。
森の中は、まるで緑の洞窟の中にいるかのような薄暗さだった。
しかし、その薄暗さの中に、不思議な生命の息吹が満ちているのを感じた。
清らかな空気が肌を撫で、どこからともなく甘い花の香りが漂ってくる。
足元の土は柔らかく、踏みしめるたびに微かな湿り気が伝わってきた。
「この森はね、『精霊の森』と呼ばれているの。精霊たちが、この森全体を守ってくれているから、穢れはここまで入ってこれないのよ」
アデリアがそう説明するたびに、僕は木々の間から、かすかな光の粒が舞い上がるのを見た。
それは、まるで蛍の光のように瞬き、あるいは、森の深部から湧き上がる生命の輝きのように見えた。
あれが精霊たちの姿なのだろうか。
僕の「聖なる癒やしの力」が、精霊たちの存在をより鮮明に、より近くに感じさせているのかもしれない。
僕の心の奥底にある光の力が、精霊たちの輝きに呼応するように、微かに脈打つのを感じた。
僕たちは、苔むした岩の間を縫うように進み、透明な水がサラサラと流れる小さな川を渡った。
川の水は冷たく、澄み切っていて、その底には小さな魚たちが泳ぐ姿が見えた。
アデリアの足取りは驚くほど軽やかで、まるで森の一部であるかのように自然だった。
彼女は、木の根をステップにし、岩を飛び越え、細い枝の間をすり抜けるようにして、淀みなく進んでいく。
その姿は、僕には森を舞う蝶のように見えた。
一方で僕は、慣れない森の道に息を切らし、彼女についていくのがやっとだった。
僕の靴は、粘りつく土で重くなり、バルトルも、時折、大きな木の根に躓きそうになりながら、僕の前をおぼつかない足取りで歩いている。
「アデリアは、本当にこの森に詳しいんだね……まるで、森がアデリアの家みたいだ」
僕が息を切らしながら言うと、アデリアは振り返り、得意げに満面の笑みを浮かべた。
その笑顔は、森の木漏れ日のように明るかった。
「当たり前でしょ? 私たちは森と共に生きているんだから。森の匂いも、風の音も、木の葉のざわめきも、全部私たちの言葉なの。この森は、私たちの故郷なんだから」
彼女の言葉には、森への深い愛情と、それに対する揺るぎない誇りが込められていた。
ヴィルト家の冷たい石造りの地下室で、外界との関わりを断たれて過ごした日々とは、あまりにもかけ離れた世界だった。
そこには、穢れの影も、人々の苦しみも、一切感じられなかった。
この森は、まさに「光の里」と呼ぶにふさわしい場所なのだろう。
アデリアの言葉が、僕の心に新たな安らぎと、そしてこの森の奥深くに存在する未知の知識への期待を抱かせた。