外伝:第三話 子どもたちの笑顔
村での日々が続き、僕の癒やしによって病の影が薄れていくにつれて、かつては病床に伏せていた子どもたちが、少しずつ外に出て遊ぶようになった。
彼らは、黒い斑点に覆われていた皮膚もきれいになり、痩せ細っていた頬にはわずかながらも生気が戻っていた。
ある日の午後、僕は村の広場で、疲れ果てて座り込んでいた。
今日の癒やしは特に多くの村人を対象にしたため、身体の芯から力が抜けるようだった。
バルトルは僕の膝の上で丸くなり、僕の疲労を和らげるように、微かな魔力を流し続けてくれている。
その時、僕の目の前で、何かがチョンチョンと揺れるのを感じた。
顔を上げると、そこに立っていたのは、数人の村の子どもたちだった。
彼らは、僕が初めて村に来た時には、熱にうなされ、意識も朦朧としていた子たちだ。
今では、瞳に輝きが戻り、頬にはかすかな赤みが差している。
「テオお兄ちゃん、これ、あげる!」
一番小さな女の子が、僕に小さな野花を差し出した。
黄色い可憐な花で、森の奥で摘んできたのだろう。
彼女の指先は、以前は穢れに侵されていたが、今はもうきれいになっている。
「ありがとう、きれいな花だね」
僕は微笑んで、その花を受け取った。
花の香りが、僕の心を和ませる。
「テオドールにいちゃん、ぼく、もう走れるようになったんだ!」
別の男の子が、勢いよく駆け出して見せた。
その足取りはまだ少し不安定だったが、それでも病に倒れていた頃とは比べ物にならないほど、生き生きとしていた。
「すごいね! これからもっとたくさん走れるようになるよ」
僕がそう言うと、子どもたちは嬉しそうに笑った。
彼らの笑顔は、穢れの暗い影が薄れていく、村の希望そのものだった。
「ねえ、テオ兄ちゃんは、どうしてそんなにきれいな光が出せるの?」
一人の少し年上の男の子が、不思議そうに僕に尋ねた。
彼の目は、僕の掌をじっと見つめている。
僕はこの質問に、どう答えればいいか少し迷った。
ヴィルト家でのことや、神殿での出来事を、彼らに話す必要はないだろう。
僕はただ、僕の力が彼らを癒やすためにあることを伝えたかった。
「これはね、みんなを元気にしたいって気持ちから生まれる光なんだ。みんなが元気になってくれると、僕も嬉しいから」
僕がそう答えると、子どもたちは首を傾げたが、すぐに納得したように頷いた。
彼らは、複雑な理屈よりも、僕の純粋な思いを感じ取ってくれたようだ。
「じゃあ、私たちも、お兄ちゃんみたいに、みんなを元気にする光、出せるかな?」
別の女の子が、小さな手を広げて、僕の真似をするように光を出そうとした。
もちろん、なにも起こらない。
「うーん、みんなは光は出せないかもしれないけど、元気になったら、色々な方法で他の人を元気にできるよ。たとえば、みんなで楽しく遊ぶことだって、誰かを笑顔にできる光になるんだ」
僕がそう言うと、子どもたちは顔を見合わせ、そしてにっこりと笑った。
「そっか! じゃあ、ぼく、もっと遊んで、みんなを元気にする!」
「わたし、お花をもっとたくさん摘んで、お母さんを笑顔にするわ!」
子どもたちは口々にそう言い、再び元気いっぱいに駆け出していった。
彼らの声が、村の広場に響き渡る。
その姿を見ていると、僕の疲労も、少しだけ和らいでいくように感じられた。
バルトルは僕の膝の上で、小さく「フン」と鼻を鳴らした。
《お主は、光を放つだけではない。人々の心にも、光を灯しているのだな、テオドール》
彼の言葉が、僕の胸にじんわりと染み渡った。
僕の力は、病を癒やすだけではない。
人々の心に希望を取り戻し、笑顔を取り戻すこと。
それが、僕の本当の役割なのかもしれない。
この村での日々は、僕が「光の癒やし手」として、人々から受け入れられ、僕自身の存在意義を確かなものにしていく、大切な時間だった。
そして、穢れの暗い影が支配していたこの世界に、子どもたちの無垢な笑顔という、かけがえのない光が灯り始めた瞬間でもあった。