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無能の烙印と聖なる掌  作者: 英瀬
第二章
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第十四話 新たな出会い

 ある日の午後、いつものように村人たちを癒やしていた僕の元に、一人の少女がやってきた。

 年の頃は僕と同じくらい、あるいは少し年上だろうか。

 しかし、その瞳は、僕が今まで出会ったどの村人よりも、強い光を宿していた。

 彼女の肌は、太陽の光を浴びた小麦のように健康的な色で、髪はまるで金色の糸を紡いだかのような輝きを放っていた。

 病の気配は微塵も感じられない。


「あなたが、この村を救っているという『癒やしの光の少年』?」


 少女は真っ直ぐに僕を見つめ、少し挑むような、しかしどこか楽しげな口調で尋ねた。

 その声には、この閉鎖された村にはない、開放的な明るさが満ち溢れていた。


 僕は少し驚いて、彼女を見上げた。

 この穢れに侵された村で、病に冒されていない子どもに出会うのは初めてだった。


「その言葉が、本当に僕を指しているかはわかりませんが、僕はテオドールといいます。それで、あなたは?」


 少女はにやりと、まるで悪戯を企むかのように笑った。


「私はアデリア。森の向こうにある、『光の里』から来たの!」


「光の里?」


 聞き慣れない名前に、僕は思わず首を傾げた。

 その瞬間、僕の肩に乗っていたバルトルが、小さく反応した。

 彼の琥珀の瞳が、アデリアを鋭く見つめる。


 《アデリア、お主はなぜここに? この村は穢れに侵されていると、知らなかったわけではあるまい》


 バルトルがそう言うと、アデリアは不思議そうな顔でバルトルを見つめ、その小さな体がぴくりと動く。


「あら、そのネコちゃん……喋るの? 面白いわね」


 アデリアは、バルトルの突然のテレパシーに驚くことも訝しむことなく、まるで新しいおもちゃを見つけたかのように、楽しそうに話しかけた。

 そして、すぐに僕に視線を戻した。


「この村の異変は、私の里でも噂になってたから、少し様子を見に来たの。そしたら、あなたみたいな子が突然現れて、病気を治してるって聞いて、興味が湧いたんだもん」


 アデリアの言葉は、まるでどこかの冒険譚の主人公のようだった。

 彼女からは、この閉塞した村にはない、生命力に満ちた明るい気配を感じた。


「あの、アデリア…さんは、その、穢れというか病の影響を受けていないんですか?」


 僕の問いに、アデリアは首を傾げた。


「病の影響? なにそれ?」


 アデリアのその言葉に、僕は驚きを隠せなかった。

 彼女のこの村の状況を知っていた口ぶりから察するに、おそらく彼女は、ここの近くにある里からやって来たのだろう。

 それなのに、病の存在すら知らないようだった。

 それは、彼女が「光の里」と呼んだ場所が、穢れの影響を受けていない、あるいはなんらかの形で穢れから隔絶された、特別な場所であることを強く示唆しているのかもしれない。


「アデリアさん、もしよかったら、あなたの言う『光の里』について、もう少し詳しく教えてくれませんか? そして、もし可能であれば、穢れから身を守る方法など、なにかご存知ないでしょうか?」


 僕はアデリアに、縋るような思いで尋ねた。

 この少女は、僕たちが探している「穢れの源」への、そしてこの世界の穢れの謎を解き明かすための、新たな道しるべとなるかもしれない。

 アデリアは僕の真剣な眼差しを受け止め、少し考え込むような仕草を見せた。


「うーん……まあ、いいわ。あなた、面白いし。でも、その前に、一つだけお願いがあるんだけど」


 アデリアはいたずらっぽく微笑みながら、僕との距離をずいっと詰める。


「なんでしょう?」


 僕は期待に胸を膨らませて尋ねた。

 彼女の願いが、僕の旅に新たな道を開くかもしれない。


「私ね、この村の病気、どんなものか知りたいの!だから、あなたが癒やすところを、近くで見せてくれない?」


 アデリアの瞳は、好奇心で輝いていた。

 彼女はただ、病気に興味があるだけのようだった。

 予想とずれた彼女のお願いに、僕は少し戸惑ったが、この機会を逃すわけにはいかない。


「わかりました。どうぞ、こちらへ」


 僕は迷うことなく彼女を村人の元へ案内し、掌から光を放って穢れを浄化する過程を彼女に見せた。

 アデリアの瞳は、僕の放つ光と、それによって癒やされていく村人の姿を、驚きと、感嘆と、そしてどこか懐かしむような感情がないまぜになった眼差しで見つめていた。


 その後、アデリアとともに、僕が間借りしている小屋へと戻ると、彼女はなにやら興奮冷めやらぬ様子で話をはじめた。


「すごい……本当に、光で病気が治るなんて。あなたって、本当に『光の癒やし手』なのね」


 アデリアはそう言いながら、僕の顔を覗き込んだ。

 彼女の言葉は、まるで僕をずっと昔から知っている、あるいは彼女の故郷で語り継がれてきた存在であるかのように、自然に響いた。


「『光の癒やし手』……?」


 僕が問い返すと、バルトルが小さく唸った。


 《テオドール、それはお主の力に最もふさわしい呼称だ。アデリア、お主は一体何者なのだ? その知識は、どこから来る?》


 バルトルの問いに、アデリアは屈託なく笑った。


「私はただの人間だよ。でも、私の里では、あなたのような力が、昔から語り継がれているの。だから、少しだけ知ってるのよ」


 アデリアはそう言って、再び僕に視線を戻した。


「約束通り、私の里のことを教えてあげる。私の里は、『光の里』、あるいは『エルフの里』とも呼ばれているの。人族の中でも、普通の人間はほとんど来ない、森の奥深くにある隠された里よ。私たちの里は、昔から穢れとは無縁で、自然の豊かな恵みの中で暮らしているの」


彼女はそう語ると、左右の髪をかける仕草をして、その特徴的なとんがりのある耳を、僕に見せてくれた。


「エルフ……!」


 僕の知る神話や物語の中の存在が、今、目の前にいる。

 驚きを隠せない僕に、アデリアは得意げに胸を張った。


「そうよ! だから、穢れについては詳しくないけれど、穢れを払うための言い伝えや、そのための場所については、いくつか知ってるわ」


 僕の心臓が強く脈打った。

 まさに、僕たちがこれまで求めていた情報だった。


「その言い伝えについて、詳しく教えてくれませんか? そして、もしよろしければ、僕たちの旅に、ついてきていただけませんか?」


 僕はアデリアに、懇願するように頼んだ。

 アデリアの知識は、僕たちの旅を大きく助けてくれるだろう。


 アデリアは僕の真剣な眼差しをしばらく見つめた後、にこりと笑った。


「いいわよ。だって、あなたの力、とっても興味があるんだもん。それに、穢れってやつが本当に存在するなら、私も見てみたいし」


 アデリアは軽い調子でそう言ったが、その瞳の奥には、確かな探求心と冒険心が宿っているのが見て取れた。

 彼女の言葉に、僕の胸には新たな希望が湧き上がった。


「うーんでも、その前にテオドール、一度光の里に来てみない?きっと、あなたを助けてくれる人がいるわ。それに穢れのことだって、私よりうんと詳しい人がいるのよ。私たちエルフは、ずっと昔から、この世界で生きてきたんだから!きっとあなたに役立つ情報があるはずよ」


 彼女の言葉は、僕にとってとても心強かった。

 穢れの源を探す旅は、僕一人ではあまりにも孤独で、道のりは険しかったからだ。

 光の里……そこには、僕の力の秘密を解き明かす手がかりや、穢れに関するなんらかの知識があるかもしれない。

 なによりも、彼女の瞳に宿る希望と、僕を信じる気持ちが、僕の心を強く揺さぶった。


 バルトルが僕の肩で小さく鳴いた。

 彼の琥珀の瞳は、アデリアの言葉の意図を測るように、彼女をじっと見つめている。

 そして、僕の決断を待っているようだった。


 僕は、アデリアの真っ直ぐな視線を受け止めた。

 この少女が、僕の新たな運命を切り開く鍵となるだろう。

 迷いはなかった。


「はい、行きます!アデリアさんの故郷、『光の里』へ!」


 僕の返事に、アデリアは満面の笑みを浮かべた。

 その笑顔は、太陽のように明るく、僕の心を温かく照らした。


「やった! じゃあ、決まりね! テオドール、バルトル、準備はいい? 私についてきて!」


 こうして、僕とバルトルの旅に、新たな仲間が加わった。

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