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無能の烙印と聖なる掌  作者: 英瀬
第二章
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第十三話 村での日々

「テオドール様のおかげで、少しだけ熱が引きました……!」


「夜、眠れるようになりました……本当に感謝しております」


 僕の癒やしを受けた村人たちは、口々に感謝の言葉を述べた。

 彼らの声は、まだ掠れて弱々しい者もいたが、日を追うごとに、その言葉に力強さが宿っていった。

 村の奥地では、これまで病に倒れて動けなかった男たちが、わずかな時間でも鍬を振るおうと畑に出て、土を耕し始める。

 子どもたちの賑やかな声が、病に沈んでいた村に、少しずつ生命の息吹を吹き込んでいく。

 家々の窓は開け放たれ、そこから香ばしいパンの匂いが漂ってくることもあった。

 かつて時間が止まったかのように沈黙していた村は、僕の光と共に、少しずつ、しかし確実に活気を取り戻し始めた。


 僕の癒やしが終わると、村人たちは様々な方法で僕に感謝を示してくれた。

 ある時は、畑で採れたばかりの新鮮な野菜や果物を分けてくれ、またある時は、村の女性たちが焼いた、素朴ながらも香ばしいパンを差し出してくれた。

 夜には、長老カールが、僕たちのために昔語りをしてくれることもあった。

 素朴な言葉で語られる村の歴史や、自然の恵みへの感謝の物語は、僕の心を安らがせ、この世界の温かさを教えてくれた。


「テオドール様は、本当に神様からの授かりものだ……」


 そんな声が、村のあちこちから聞こえてくることもあった。

 僕はそのたびに、気恥ずかしさと、しかし温かい喜びを感じながら、謙遜するように首を振る。

 僕は神殿で「無能」と烙印を押され、絶望の淵に突き落とされた存在だ。

 しかし、この村では、僕の力が確かに人々を救い、希望を与えている。

 その事実が、僕の心を温かく満たし、僕自身の存在意義を確かなものにしていった。


 夕暮れ時、僕はよくバルトルと共に、村の外れの丘に座り、茜色に染まる空を眺めることが多かった。

 村の家々から立ち上る煙は、もはや病の兆候ではなく、人々の温かい生活の営みを象徴している。

 遠くから聞こえてくる、子どもたちのわずかな笑い声や、村人たちの話し声は、かつての沈黙を打ち破り、生きる喜びを伝えていた。


《この村は少しずつだが、回復に向かっているな、テオドール》


 バルトルが静かに言った。

 彼の声には、僕と同じように、この村の回復を喜ぶ気持ちが込められているのが感じられた。


 僕も深く頷いた。

 この村で過ごした日々は、僕にとってかけがえのないものだった。

 それは、僕が「光の癒やし手」として、人々を救うことができるという確信を与えてくれた。

 そして、僕自身の心の傷も、この村の温かさの中で、少しずつ癒やされていったのだ。


「テオ兄ちゃん…ママが…」


 後ろから声をかけられ振り返ると、僕が、この村ではじめて聖なる癒しの力を振るったあの朝に、少しだけ浄化した少女が立っていた。

 どうやら母親に言われ、僕をここまで呼びにきてくれたらしい。

 弱々しく、息も絶え絶えに、両親の腕に抱かれていたあの日の彼女は、もういない。


「僕を呼びに来てくれたんだね、ありがとう。一緒に行こうか」


 元気に頷く彼女の手を取り、ともに村の中心へと歩き出す。


 村での日々は、僕のこれからの旅の、一つの通過点に過ぎなかったかもしれない。

 しかし、ここで得た経験と、村人たちとの絆は、僕がこれから歩む、穢れの源へと向かう過酷な旅路において、何よりも強い支えとなるだろう。

 この村が、僕の故郷の一つになったような、そんな温かい気持ちが今、僕の胸に広がっていた。

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