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無能の烙印と聖なる掌  作者: 英瀬
第二章
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第十二話 浄化

 翌朝、東の空が白み始める頃、僕はバルトルとともに小屋を出た。

 昨夜のあの出来事のあと、村の人々は、僕とバルトルが休めるようにと、急いで空き家になっている小屋を整えて用意してくれたのだ。

 まだ、疲労は骨の髄まで染み渡っていたが、僕の心は、人々を癒やせたことへのたしかな喜びで満たされていた。


 村の中心に向かうと、すでに多くの人影が見えた。

 僕の「聖なる癒やしの力」を求めて、村人たちが列を作っていたのだ。

 穢れが彼らの身体に与える影響は様々だった。

 高熱にうなされる者、全身に黒い斑点が広がる者、ひどい咳に苦しむ者……。

 僕は、彼らの苦痛を和らげるように、その額や患部にそっと掌を置いた。

 掌から放たれる淡い光が、彼らの身体を優しく包み込む。

 僕の力が魂の奥深くまで浸透し、彼らの生命力を蝕む黒い穢れの靄を、少しずつ、しかし確実に薄めていく。


「はぁ……」


 光に触れるたび、村人たちは深いため息を漏らし、その表情は安堵と、わずかながらも回復の兆しを見せた。

 幼い子どもたちは、病に伏せながらも、僕の指を小さな手で握り、瞳を輝かせながら「きれいな光だね」と微笑んだ。

 彼らの無垢な笑顔を見るたびに、僕の心は温かい光に満たされ、この力がたしかに人々を救えるのだという確信を深めていった。


「テオドール様、朝早くからありがとうございます」


 その声に振り向くと、村の長である老人カールが、僕たちに深々と頭を下げている。

 彼の顔色も、僕が昨夜挨拶した際に、掌を当てたおかげで、わずかに血の気が戻っているのがわかる。


「カールさん、おはようございます。昨夜は、泊まるところから夕飯までありがとうございました」


 自警団の面々から事情を聞き、僕に居場所と食事を与えるよう指示を出してくれたのが彼である。

 お礼はきちんと伝えなければならない。

 ついでに、再度浄化もしておく。


「おやおや、とんでもございません。こんな老い先短い爺のことまで、あなたは救ってくださったのですからな」


 生き延びたからには働きますぞ、と元気よく意気込んで、どこかへ行ってしまった。

 まだほとんど治っていないはずだが、長のあの調子を見ると、この村はいつでも持ち直すことができるなと静かに確信した。


 そんな村でのしばらくの生活は、ヴィルト家の冷たい地下室でのそれとは、文字通り天と地ほどの違いがあった。

 毎朝、東の空が白み始める頃には、村人たちが僕の元を訪れた。

 彼らの顔は、相変わらず疲弊しきってはいたが、その瞳の奥には、僕の力がもたらしたかすかな希望の灯りが揺れていた。

 僕は、一人ひとりの苦しみに真正面から向き合い、癒やしの力を惜しみなく施していった。


 僕の力は、この世界の回復魔法のように病を瞬時に消し去るものではなかった。

 穢れはしぶとく、人間の魂の奥深くまで根を張っていたからだ。

 それでも、僕の放つ淡い光は、彼らの肉体を蝕む痛みを和らげ、魂を覆う黒い靄を少しずつ薄めていった。

 日を追うごとに、病によってやつれ果てていた村人たちは、まるで枯れた花が水を吸うように、わずかながらも顔色を取り戻し、かすかな活力を取り戻していった。


 最初は、僕の幼い姿に戸惑い、警戒心を抱いていた一部の村人たちも、僕が献身的にこの村のために尽くす姿を見て、徐々に、しかし確実に信頼を寄せるようになった。

 僕の頑張りが、彼らの凍り付いた心を溶かしていったようだ。

 僕は、彼らから「テオドール様」と呼び慕われ、その感謝の言葉を捧げられるたびに、胸の奥が温かくなるのを感じた。

 僕がこの世界で初めて得た、たしかな存在意義だった。


 バルトルは、常に僕の傍らにいて、僕の体調を誰よりも気遣ってくれた。


《テオドール、無理をするな。穢れは手強い。お主の力も無限ではないのだ》


 僕が力を使いすぎて、全身から力が抜け、倒れそうになるたびに、バルトルはそう言って、僕の額にそっとその小さな身体を擦り付けた。

 彼の温かい体温と、微かな魔力が僕の疲労を和らげてくれる。

 まるで、僕の魂を癒やしてくれるかのように、彼は僕にとってかけがえのない支えだった。

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