第十一話 希望の光の兆し
「あの、皆さん……」
僕の幼い声は、ざわめきと、しかしなによりも深い沈黙に覆われた村の中心に、か細くも、たしかに響き渡った。
僕の出現に気づいた自警団の男たちは、驚きに目を見開き、一斉に僕の方を振り返った。
彼らの視線が、まるで鋭い矢のように僕に突き刺さる。
その眼差しの中には、突然現れた見慣れない幼い子どもへの困惑と、この異様な状況に対する深い警戒が入り混じっていた。
「坊主……お前、ここでなにを……?」
自警団の中で、ひときわ大きく、しかしその表情には疲労が深く刻まれた男が、おずおずと僕に問いかけた。
僕は、その問いかけに臆することなく、一歩前へ踏み出した。
冷たく湿った土の感触が、足の裏から僕の幼い身体に伝わり、まるで僕の決意を固めるかのように感じられた。
「僕は、テオドールといいます。そして、そちらに倒れている方々を、少しだけ癒やしました」
僕の言葉は、乾ききった大地に一滴の水が落ちるように、彼らの心に静かな波紋を広げた。
男たちは互いに顔を見合わせ、その信じがたい言葉の意味を咀嚼しようとしているかのようだった。
その瞬間、一人の男がまるで何かに弾かれたように、僕が先ほど掌を当てた村人のそばへと駆け寄った。
震える手で、その村人の額に恐る恐る触れる。
「熱が引いている……! う、嘘だろう……あんな恐ろしい病が、まさか、こんなに早く……!」
男は、信じられないものを見たかのように、呆然と呟いた。
その声は震え、その言葉は、凍りついたかのように重い空気を打ち破り、周囲に響き渡った。
彼の言葉は、まるで周囲に伝染するかのように、他の自警団の面々にも動揺を与えた。
彼らは、僕と、そして顔色が改善された村人を交互に見つめる。
驚きと困惑、そしてかすかな熱を帯びたざわめきが起こった。
彼らの顔に、これまで支配していた諦めと絶望とは異なる、明確な変化が生まれているのが、僕にははっきりと感じられた。
彼らの瞳の奥に、わずかながらも希望の光が揺らめき始めたのだ。
「あなたたちは、穢れに苦しんでいるのですね?」
僕が、バルトルから教わった言葉を口にすると、彼らはハッと我に返ったように、改めて僕に視線を戻した。
その言葉が、彼らが理解できずにいた、この村を蝕む見えない恐怖の正体を言い当てたかのようだったからだ。
そして、最初に話しかけてきた男が、深く、深く頷いた。
その頷きには、この数週間、彼らが味わってきた苦しみと、為す術もなく事態が悪化していくのを見守るしかなかった深い絶望が凝縮されているようだった。
「そうだ……この村は、数日前から、この恐ろしい病に襲われている。最初はただの風邪かと思ったが、すぐに熱は下がらず、身体には黒い斑点が広がっていった。医者も手の施しようがなく、皆日に日に衰弱していくばかりで、もう……誰も助からないのかと……」
男の言葉は、途中で詰まり、その目には、大切な家族や友人を失うことへの底なしの恐れと、自分たちではどうすることもできない状況に対する拭い去れない悔しさが、色濃く浮かんでいた。
その言葉の重みが、僕の心にずしりと響いた。
「僕の力で、この病を治すことができるかもしれません」
僕の言葉は、彼らの心に、まるで暗闇に差し込む夜明けの光のように、鮮やかな希望の色をもたらした。
疑念の分厚い雲が、彼らの表情から少しずつ晴れていくのが見えた。
彼らの瞳に、かつての活気が、微かに戻り始めている。
「本当に……そんなことが、できるというのか……!?」
別の男が、震える声で尋ねた。
その目には、溺れる者が藁をも掴むような、切実なまでの懇願が宿っていた。
僕の言葉が、彼らにとって唯一の救いとなるかもしれない、という切迫感が伝わってきた。
僕は迷うことなく、強く頷いた。
その頷きは、彼らの希望を確かなものにするための、僕自身の覚悟の表明でもあった。
「はい。ですが、完治させるとは言い難いです。少しずつ時間をかけて、浄化の力で穢れを取り除き、彼らの苦しみを和らげます。それだけ、穢れは深く、根強いものです。それでもよければ、僕はあなた方に力を貸します」
僕の肩では、バルトルが小さく身震いした。
彼の琥珀の瞳は、僕の体力の消耗を察知しているようだったが、それでも僕の決意を静かに見守り、僕の背中を押してくれているのが感じられた。
自警団のリーダーらしき男が、ゆっくりと、しかし確かな足取りで、僕の前に進み出た。
彼の顔には、この村の命運を一身に背負う者としての重い責任と、しかしこの状況を打開する唯一の道を選ぶという、苦渋に満ちた決断が読み取れた。
「坊主……いや、テオドール様。もし、それが本当なら……どうか、この村を、我々を救っていただきたい。我々は、あなたに、この村の全てを捧げても構わない」
男は、震える声でそう告げ、その場に膝をつき、僕に深く頭を下げた。
その姿は、この村の、ここの住人たちの抱える絶望の深さを、そして僕に託された期待の大きさを物語っていた。
他の自警団の男たちもそれに倣い、次々と地面に膝をつき、僕に頭を垂れる。
その光景は、僕にはあまりに重く、幼い肩にずしりと乗しかかる責任の重さを、改めて僕に突きつけた。
ヴィルト家で「無能」と蔑まれてきた僕が、今、人々に頭を下げられ、救いを求められている。
その事実に、僕の心は震えた。
「頭を上げてください。僕にできることは、精一杯やらせてもらいます」
僕は震える声で彼らにそう告げ、再び横たわっている別の村人に手を伸ばした。
掌から放たれる淡い光が、その村人を優しく包み込む。
先ほどと同じように、黒い靄のような穢れが少しずつ浄化され、村人の表情が和らいでいくのが見て取れた。
苦痛に歪んでいた顔が、穏やかな寝顔へと変わっていく。
その光景を目にした村人たちの間に、歓喜の小さな波が広がっていくのが感じられた。
この日、僕の聖なる癒やしの力が、この小さな村で、初めてその存在を、そしてその恩恵を認めてもらえた。
この瞬間、僕の存在意義が、はっきりと示された気がした。