チップの相場
「いらっしゃいませ!! 2名様ですね!!」
賑わうお店は、一度でも満席だと断られるも、多めのチップを渡すと特別に席を用意してくれた。
文字ばかりのメニューでは、当然、彼女は注文できない。だが、セシルもまた初めて外で食事をする。参加してきたパーティでは、勝手に食べ物が来たものだが……
「……コメの料理があると聞いた。あとはそれに合うように持ってきてもらえるだろうか」
そう言って銀貨を出す。
――これくらいで足りるだろうか……
「お任せ下さいませ、飲み物は先にお出し致しますか?」
店員の満足そうな笑顔に、またもや多すぎたのかと反省する。
「あぁ、飲み物は度数の強くないものを……いや、果実水を頼む……」
昨夜の夕食時、彼女はお酒を少し口に含むと、一瞬顔をしかめた。おそらく、アルコールが口に合わなかったのだろう。
運ばれてきた料理は、まさに異国の料理感たっぷりのものだった。
野菜を中心に肉をお酢で炒めたメイン料理に、皮で包まれた具材を蒸したものをのせた小皿が数種類並べられる。アリシアの前には、パンの代わりに、白いコメをスープで炊いたものが出され、その隣に、しなしなの野菜が添えられている。
――なんだ? あれは、もしや銀貨では不十分だったのか!? アリシアが異国の者だからと、あのような干からびた野菜のくずきれを出すとは……
セシルが店員に声をかけようと立ち上がる。だが、リズは手を震えさせ、そのくずきれを口にする。
「無理して食べる必要はっ!!?」
その表情は、幸せそのものを全身で感じているようだった。コリコリとした音を響かせ、一切れに対しておコメのスープを大きく口に入れる。音を立てているが、なぜかその心地よい音は、見ていてこちらもお腹がすいてくる。
「……」
セシルの視線に気づいたリズは、少し恥ずかしそうに笑いながら、お皿を差し出す。
「食べても良いのか? ……っ、しょっぱいぞ?」
顔をしかめるセシルに、リズは口元をおさえ笑っている。
「…………今のは、初めての笑顔だな」
「?」
何度も微笑んできたが、それは友好的な意思表示にとれた。
「お客さん、もしかしたら和の国から来たのかしら? 以前そちらの方面から取り寄せたレシピで、ツケモノっていうのがあって、こちらの人には合わなかったメニューなんだけど、私は好きで個人的に漬けているのよ。お口に合ったようで嬉しいわ」
そう言って、調理場から意外にも若い女性が出てくる。
「あぁ……とても気に入ったようだ、持ち帰れるものはあるだろうか?」
「あるわよ。でも、においがすごいから覚悟してね」
そう言って、明るく笑う店主は、臭いがもれないよう、袋に重ねて包んでくれた。
「私はコカラよ。チップをはずんでくれるお客様も歓迎だけど、ツケモノを美味しく食べてくれる人はもっと大歓迎よ」
「……いや、あれは……」
「ふふっ、冗談よ。あれを受け入れるのには時間がかかるわ。それでも、持ち帰ってくれるのは、奥様を大事にしているのね。あなたもいい人だわ」
「美味しかった。ご馳走様」
リズも頭を下げ、店主の方へかけよる。
「……ありがとうございます」
小さな声だったがコカラはまた大きく笑う。
「あなた達、また来てくれたら次はもっとすごいの出せるのよ。絶対に来てね」
そう言って、また忙しい厨房へと戻っていった。
帰りの夜道は、先ほどよりも真っ暗になっている。セシルは隣に並ぶよう手で指さす。リズがそこに立つと、手を差し出し、隣に並ぶように歩く。
「…………」
「冷えるな」
料理で温まった身体が冷えないよう、宿へと急ぐ。
「旦那、お帰りですか。お店良かったでしょう? あそこの店主は若いですが研究熱心で、異国の人向けに色んな料理を出してくれるって、お客さんたちにも評判なんですよ」
宿の店主が自分のことのように自慢げに話す。
「あぁ、助かったよ……料理も美味しかったな」
「そうでしょう? おっと、失礼……今夜はゆっくり過ごせるようお部屋の掃除も済ませてますので」
「そうか……では、明日は早いので失礼する」
「えぇ、お楽しみくださいませ」
「?」
店主の言い方が気になったが、そのままリズを部屋へと送る。
「なぁっ!!??」
そこには、セシルの部屋にあった荷物と、ベッドが一部屋にまとめられ、ご丁寧に大きなシーツで1つのベッドになるようメイキングされているではないか。部屋にはろうそくが灯され、甘い香りがする。
「っ!?」
リズは口元に手を置き、目を大きく見開いている。
「違うぞ!? 僕が頼んだわけでは……あっ、チップを渡した時に何かあちらが誤解を……ええっと……マチガイ!! ネマス!! チガウ!!」
「??????」
「〜〜〜〜っ」
チップは多すぎてもダメなことを知ったセシルであった。