公爵のひとり娘
「……こんなことを言ってはなんですが、和の姫君は、実に聡明な方でいらっしゃる」
急に何を言い出すかと思えば、リズについて話し出した。
「こちらの文化に馴染むよう努力されているのが率直に伝わる。この国の第2妃や愛人の存在も、彼女なら受け入れてくれるのでは?」
――こいつ、いったい何を……
「もし、貴方様が我が娘を受け入れてくれるのであれば、公爵家全ての力を惜しみなく捧げると約束しましょう……」
「っ!?」
公爵家全ての力ともなれば、和の国との話が取り消しになったとしても、それに見合う、いや、それ以上の力を得ることになる。あのロゼですら、ニア個人が協力をしてもいても、公爵家全体の力を手に入れたわけではない。侯爵家のここまでの好条件は、王位継承争いにおいて、一気に先手を打つことになる。
「いかがでしょうか……」
そこまで言うと、公爵は頭を深々と下げる。そこまでさせるとは、一体彼の娘の状態はどれほどのものなのだろうか。
「頭をあげてください……」
「いえ、貴方様を連れて帰ると、娘と約束したのです。でなければ……あの子はきっと、もう何も食べない」
「…………っ、分かりました」
「おおっ、では!!」
「一緒に行くだけです、それ以上は……お受け入れ出来ません……」
「っぐ……分かり……ました」
セシルの固い意志にうなだれながらも、連れて帰ると交わした約束をなんとか叶えられることには成功した。
公爵領に寄るため、帰りが遅れる手紙をリズに出し、準備を整える。
――まさか、こんな厄介事になっているとはな……
おそらく、あの場で公爵家の受け入れをしていれば、父はロゼよりも、セシルを次期王として選んだだらう。和の国との関係はダメになったとしても、すでにセシルは新たに複数の国とのつながりを持っている。そこに公爵家全ての力を手に入れたとなれば、もはや考える必要もない。
「…………」
「それで?? 傷心中の弟を連れ出すのはどういうわけで??」
事情をひととおり説明した後だが、キアは不満そうだ。
「だから、僕1人でご令嬢に会うわけにはいかないだろう」
「これでもイナ国の上官ですよ!? 小娘のお守りに同行など……理解できません」
「こんなこと、頼めるのは兄弟しかいないだろう……」
たまたま裁判の後、城の客間にひきこもっていたキアを連れ出すことを思いついたのだが、本当のことは絶対に言えない。暇そうな人間が他にいなかったとは……
「兄弟?」
「……僕には友だちもいないしな」
「まぁ、いいでしょう……唯一無二の兄さんの頼みを聞けるのは、弟の私くらいですからね」
――良かった、機嫌がなおったようだ。
「それで、2人きりになるのを避けられたとしても、どうするんです? 兄さんにぞっこんなのでしょう?」
「うっ……、とりあえず、本人も直接話せば分かってもらえるかと」
「甘いですよ、兄さん。成人したての超お嬢様でしょう?? 食事を拒否して婚約破棄までさせて、公爵に頭を下げさせる問題児に、話せば分かるなど、言語道断です!!」
「……なんか、詳しいな」
「私はこの年で上官になった超エリート家系の後継ぎですよ?? どれほどの修羅場をくぐりぬけたとお考えで??」
「では……何か他に良い案があるのか?」
「ふふん、私を連れてきたのは正解です。兄さんにも唯一対抗できる美貌をもつ私に興味をうつしてしまえば良いのですよ」
「お前は……もしそうなったらどうするんだ」
「まぁ、恋に恋している令嬢なら、ちょっと優しくすれば簡単でしょうね。もちろん、義姉さんほどの麗しい方はいないですからね。適当に合わせたら、さっさと国に帰ります」
弟ながら、ひどいやつだと思う。
「あっ、今何かひどいこと思いましたよね?? これは兄さんと義姉さんの為にやるんですよ!?」
――うっ、確かにそうだが……そんな上手くいくのか??
「ようこそおいでくださいました、こちらが我が城となります。すぐに娘を連れてきますゆえ……」
先の馬車で戻っていた公爵は、セシルを歓迎する。2回りも歳の離れた公爵にここまで気を遣われるのは、むしろ気が重い。
公爵が挨拶するやいなや、勢いよくドアから1人の娘が飛び出してきた。
「アマっ!?」
公爵が止める間もなく、異常にやつれ、ぶかぶかになったドレスに張りのなくなった髪、目だけがやたらと大きく見えるその娘は、セシルを目に焼き付けるように見つめたあと、おそろしいほど優雅な所作で挨拶をする。
「初めまして、ご到着をお待ちしておりましたわ。公爵家のひとり娘、アマンダと申しますわ」
「アマンダ……外に出てまた目眩でもしたら……」
肩を支えようとする父に、彼女は手を振り払う。
「お父様っ、セシル様との話の間に入らないで下さいませ。これで2人の時間が減ったらどうするんですかっ!!」
「あぁ、いや……すまなかった……」
後から慌てて追いかけてきた使用人を手で止めると、娘をなだめるように話す。
「だが、アマンダ……彼をこのまま外で待たせるのも失礼だろう? 中へご案内したらどうだ」
「……そうですわね、美味しい紅茶とお菓子がありますのよ……どうぞ中へお入りください」
セシルには甘い声で話すその変わりように、キアは後ろで本音をもらす。
「……兄さん、この女……嫌いです」
「………………」




