夫となる身
「………………」
「………………」
「………………」
その日の夜、港に近いからと、今晩は城に泊まり、歓迎の席を設ける。明日からは2人の新居となる領土へと出発となる為、最後の父との食事、初めての妻となる者とのディナーに、なんと会話をしたら良いものか。
いつも父が話しかけてくれたことがいかにありがたいことだったのかと、今更ながらに反省する。
まぁ……食事しながらの会話はマナー違反ではあるのだが。
最後のデザートまできっちり食べ終えたところで
「長旅で疲れてるところ……申し訳ないのだが、明日は息子とともに、新居へと向かう予定となっている……ええと、セシル何と言うのだ?」
「あぁ、はい。えぇ……アス イキマス アタラシイオウチ イッショ ワタシト デス」
頷きニコニコと微笑む彼女は一体どこまで、分かっているのだろうか。
父のように、挨拶の一文を覚えてきただけなのか。あれから何を話しても同じような反応なのだ。
彼女が1人と分かった途端、多くの行商人たちは早々と解散した。
きっと後の船で従者が来るはずだと。まだ若い彼女では交渉にならない、お目付役と彼女の世話人となる者が必ず来るはずだ。
今日は護衛でこれ以上近づくことが出来ない彼女とは違って、日を置いてくる従者なら確実にお近づきになるチャンスはあるはずだろうと。
貿易をまとめる大臣も
「いや……何か……手違いでもあったのでしょう。使いな者からの報告を聞き、また後日……挨拶に伺いますので」
作り笑いと共にさっさと退散していった。
作り笑いくらいもう少し練習してこい……と、喉元でなんとか言葉を飲み込む。彼女に対しての不敬につい反応してしまったが、大臣を敵に回していいことはない。
――変だ、いつもならどうでもいいと流せるはずなのに……
母の部屋で聞かされた父の話の影響か、夫となる自分くらい、彼女の味方でいなければと思うほどには、夫婦となる自覚が自分にも出てきたということなのかと、1人考え込む。
「――――そうだろう?」
父に返事を求められ、我にかえる。しまった、また話を聞いていなかった。
リズを見てもやはり微笑んでるだけだ。なんとなく、聞き直せない。
「……そうですね」
父が顔を輝かす。
「そうか……そうか!! お前も頼もしくなったものだな」
既視感のある流れに、適当に答えてしまったことを少しばかり後悔する。
――何を聞いていたんだ?
今更聞き返せない。流石に結婚の返事をしてしまったことに比べれば大したことはないだろうと諦める。
「では……父上そろそろ」
「あぁ、そうだな……結婚式を楽しみにしてるぞ、それと……彼女は…」
ようやく、解放だ。公務など久しぶりだった。それも今まで隅っこにいれば良かったものばかりだったというのに、自分の妻を出迎えに行くなど……
疲れた……連日続いた激務もあり、まっすぐ自室へと向かう。
ベッドに靴を履いたまま倒れ込み、ふかふかの布団にしばし癒される。ふとベッドの横に目をやると、そこに立つリズと目が合った。
「〜〜〜〜〜〜っ!?!?!?」
「な……なななぜ、ここに!? ゲストルームに……」
そこまで言って気づく、彼女の侍女はいないのだ。そして、指示をしない限り誰も異国の彼女に近づけない。
和の国の言葉が今話せられるのはセシルだけで、今彼女のことについて指示できるのも彼だけなのだ。自室へ戻るからと離席し、何も言わない自分についてくるしかなかったのだろう。先ほど、明日、自分とともに出発するとしか情報のない彼女に選択肢はない。
父がなんでもするのが当たり前だったことに、慣れすぎてしまっていた。
ゆっくり起き上がり、人を呼ぶベルを鳴らす。
「すまない……」
「?」
彼女の顔がまともに見れない。自分も大臣と同じではないか。彼女のことを考えてない軽率な行動をしてしまった。
夫になる相手とはいえ、まだ式も挙げていない今日初めて会う男の部屋に、黙ってついてくるしかなかったのはさぞ不安だっただろう。あまりの失態に、なんといっていいか分からない。
「失礼します。お呼びでしょうか? ……っ!?」
執事がくる。
当然、部屋にいるリズに驚いているようだ。
「彼女を、ゲストルームに案内してくれるか?」
「それは……ただご説明はどうしたら…………」
「そうだな……僕も行こう……キミノ ヘヤ イコウ」
頷く彼女を見てとりあえず安心する。いや、彼女の方がほっとしているように見えるだけに、罪悪感は増したといえよう。手を引き、執事とともに部屋へと案内する。
「ココ ネルトコロ デス ヒモ ヒッパル ヒト キマス カノジョタチ キガエ テツダウ」
侍女を紹介し、頷くのを確認する。後は任せればいい。
部屋を出ようとする際、執事より引き止められる。
「あの……セシル殿下、この城でただいま和の言葉を話せる者がいません。その……」
「分かっている。彼女が困っているようであれば声をかけてくれ」
「っ!? ……感謝申し上げます」
今まで、周りに腫れ物のように扱われてきただけに、セシルがこのように頼れと言うことは無かった。
それだけに、執事はセシルが当たり前のように彼女を気にかけていることに驚いた。
「……それと、明日の朝は早く起こしてくれるか?彼女の出発準備に同行しよう」
「……かしこまりました」
そして、セシルが自ら早く起こして欲しいと言ったのは幼少の頃以来だ。
明らかに何かが変わった……いや、戻ったのか?
明日ようやく旅立つ最後の王子の朝食に、レーズンパンを用意してもらうよう料理長に話をしに行く。確か、幼い頃好きだったはずだ。長年仕える執事は、最後のささやかな思い出にと、厨房へと向かう。