和の国からの姫、参る
真っ白な正装に身を包み、母の形見でもある黒ダイヤを胸ポケットにとめ、王である父と貿易大臣と共に出迎えの体制をとる。少し離れた位置に家臣達が控え、更に遠巻きの位置から多くの商人、民が取り囲む。
今日は和の国からの船が到着する日だ。
元々賑わいのある港だが、皆、異国からの姫君を一目見ようと集まっている。
今日は出迎えだけだと言うのに…………皆が見に来たのは姫だけではないのだろう。滅多に姿を見せない第8王子、つまりセシルを見にきている者も多い……覚悟していたとはいえ、今まで人目を避けて生きてきた身としては少し、いや大分気が引ける。
父も同じことを思ったのだろう。セシルが逃げ出さないかと横目でちらちらと見てくる。
真っ赤なカーペットを船降り場から敷き、ロザード国に咲く特徴的な花を色とりどりに敷き詰める。
その隣には歓迎の意を表する為、トランペットやバイオリンを持つ演奏団が整列している。
ここまでの用意をされては、結婚式は何をすればいいのか、不安になってくる。出迎えるだけ……ではあるが、第一印象が良いにこしたことはない。王の気合いが伝わってくる。
船には各地を巡りながら運ばれた宝飾品や装飾品、薬草や乾燥させた珍しい食品など、大きな利益を生み出すであろう貴重な品が数々積まれている。何より、和の国からの膨大な贈答品も荷物に入っている。資源こそ乏しい国だが、その加工技術は素晴らしく、すべて芸術品といっても過言ではない。
その為、荷下ろしの時を狙う輩が出ないよう、衛兵を等間隔で配置している。もちろん、ここで姫の身に何かあれば間違いなく国際問題に発展する為、専属の護衛チームも固めた。
ついに、船が到着する。
ほとんど事前の情報はないが一国の姫が嫁ぐのだ。それなりの従者も引き連れて……
「和の国、姫君。リズ様であります」
通常、ここで従者が自国の旗を掲げながら先に安全確認も兼ねて降りてくる。
……はずなのだが、降りてきたのは、ロザード国が姫の迎えにと出した使者であった。
「何かあったのだろうか」
大臣がぼそりとつぶやく。長い船旅では病に倒れる者がいてもおかしくはない。だが、数人倒れたとしても、別の者がその役割を担うだろう。相手方の使者に先陣を任せたところで安全性の確認など出来るはずはない。
その時だ。
真っ白な異国の装いに、ロザード国の花を連想させるような模様を鮮やかに刺繍し、くびれ部分には太めの紐のような、華やかな柄が巻きつけてある。長い黒髪を風になびかせ、それを片手でおさえながら、1人ゆっくりと船を降りてくる。
足元は見慣れない履き物を履いており、段差の大きい船の階段に対して、少し不安定なようにも感じる。それでも優雅な振る舞いを崩そうとしない姿勢に、セシルは一瞬、目を奪われる。誰に言われるまでもなく、そのまま姫の元へ行き、エスコートをと手を伸ばす。
らしくないなと我ながら思うが、自国の従者が出てくる様子がない彼女の手をとれるのは、この場では自分しかいないのだ。そう、自身に言い訳をする。だからこれは、決して彼女に惹かれたわけではないのだと。
彼女はエスコートに慣れていないのか、一瞬とまどうような表情を見せた。軽く彼女の手を取るように触れると、理解したかのように微笑みながらセシルの手を握る。
演奏がスタートし、見事な音楽とともにたった1人の異国からの訪問者を祝福する。
予定とは異なるが、音楽とともに、花に覆われた絨毯を共に歩く2人の姿に、大勢の民たちが感嘆の声をあげる。
「ええと……リズ…サン、ヨウコソロザード国ヘ」
第一声は国王から、この一文を練習したのだろう。つたない片言の言葉ながら、紙も見ずに相手の目を見て、和の言葉で歓迎の意を表明する。
「……ありがとうございます、陛下。素敵なお出迎え、心より感謝申し上げます」
「!!!!????」
たった1人、異国の地に嫁いできた彼女は、感謝の返しと挨拶を、流暢なロザード国の言葉で話した。長旅で疲れ、不安な顔をしているのではないかと横目で見た彼女の顔は堂々としたものだったのだ。




