お久しぶりです
ロゼの言う通り、ナダヤタ国の件で王都より呼び出しの手紙が送られてきた。幸いにも、都市に近いこともあり、指定された日まではたっぷり、2人で話す時間が作れた。
「もう、お酒はやめますわ……」
「僕としては歓迎したい気もあるが、君が酔った姿を他の男たちに見られるのは確かに気が進まないな。お酒の代わりにジュースを出してもらうよう返事に書いておくよ」
だが、婚前契約書を作成する時間のなかった2人にとって、今回の話し合いは思いのほか有意義な時間にもなった。
「子どもは、欲しいと思っているがもう少し待って欲しい」
「私もそう思います。でも2年は待てませんわ……それに、お義父様とのお約束はどうしますの?」
「約束?」
セシルの心当たりのなさそうな反応に、リズは驚く。
「私の……理解が間違えてなければ、初めてセシル様と会った日の夕食で、お義父様が……子どもは早い方がいいというような話をされていたかと……セシル様もそれに同調されてすぐに部屋に戻られたので……とても、動揺したのを覚えていますわ」
「なっ!! あの時のあれはそういう……すまない、リズ……少し考え事を……」
――まずい、リズに出会った初日に別のことを考えていたとは言いづらい……
「考えごと?」
「いや、君につい見惚れていて……話が入ってこなかった……怖い思いをさせてしまったな。すまなかった……」
嘘ではない、あの時自覚はなかったが、間違いなくセシルはリズに見惚れていた。
「……いいんです、本当に。あの流れでとは思いませんでしたが、覚悟はしておりましたので……それに、あなたで良かったと思っています」
「〜〜っ!?」
リズと結婚して以来、初めて王都へと戻る。
――久しぶりだ……それにしても、やはり王都は活気があるな……漁業が再開しても、やはり船がないと出来ることの制限があるな……
興味を持ってくれる者はいたが、やはりセシルがまだ知名度もなく何の人脈もない、領主になったばかりということが足を引っ張ってしまっていた。
「…………」
「セシル様、どうかしましたか?」
「あっ、いや……なんでもない」
――しまった……顔に出てしまっていたか……リズに気を遣わせてばかりだな。しっかりせねば……
気を取り直し、従者に懐かしい父と2人の食事の間に案内される。
「おおっ!! セシルか!! それにリズ姫……いやもう、リズ夫人と呼ぶべきか……よく来てくれたな」
父は相変わらずフランクにセシル達を出迎える。だが、ナダヤタ国の使者が入ってくると、静かに座り、王として振る舞う。通訳を通し、使者に体調を聞く。
「ナダヤタ国の使者の方、この度はこちらの不手際により危険な目に合わせてしまったとのこと。お怪我はいかがでしょうか」
「問題ありません、それより先に我らを救ってくださった方に御礼を伝えたい」
使者はセシルとリズを見ると、握手を交わす。
「あなた方は……覚えております。療養所で言葉の分からない私のお供に付き添ってくださってましたね……特に、我が娘を守ってくださったとか……」
使者はうしろを向くと、ちょこんと控えていた可愛らしい女の子を呼ぶ。
「あ、あの時の……」
「私の跡を継ぎたいと、幼いですが、今回特別にこちらの国に同行させてもらっていたのです。もちろん、彼女も正式に申請しての入国ではありますが……鞭をもちだされた時、あなたが助けて下さったとか……」
リズはナダヤタ国の公用語はまだ覚えていない。隣でセシルが通訳をして、にっこりと握手を交わす。そして、かがみ込み、ナダヤタ国の地方の言葉で小さな使者に話しかける。
「もう大丈夫? こわい目にあわせてごめんなさい」
女の子はお礼を伝え、リズに抱きしめる。
「おぉっ!! あなたはナダヤタの母国語をお話しできるのですね!!」
「公用語は話せませんが……」
「こんなに流暢なお言葉だったとは……娘を助けていただきありがとうございます。ところで、こちらの国の方ではないように見えますが……」
「和の国から嫁いで来たのです。今は、別の地で暮らしています」
「では、あなたの住む地にもぜひ、お礼の品を……」
「まだ、船のない地でして……それに、お礼はいただけません。先に無礼を働いたのはこちらですので……」
「まだというのは……」
「それは……」
リズはセシルの方を見る。夫を差し置いて政治の話につながるのは避けたかったのだ。その様子に、使者はすぐに察してセシルの方へも再度挨拶を交わす。
「失礼しました。珍しく母国語を話す方に思わず興奮してしまいました。良ければこの後、お話を宜しいでしょうか?」
そこから話は早かった。セシルの地にもナダヤタ国の船を泊まらせて欲しいとの願い出があったのだ。今まで、シチの領地を経由して行き来していた航路を変更した方が近く、何より安心と言われては、国としても断りようがなかった。何より、母国語を話せるリズがいる地の方が、公用語を話せない下働きの者達にとっても今後メリットが大きい。また、御礼の品として、船の出資にも協力を申し出てくれたのだ。
「なんとお礼を言って良いのか……」
「命の恩人です。当然のお返しです……」
そこから、セシルの地にも来ることを約束し、別れを告げる。
「それにしても、ナダヤタ国との関係が崩れなくて良かった」
夕食時、父はご機嫌だった。やたらと、にこにこにとしており、いつも以上にお酒がすすんでいる。
「飲みすぎではありませんか?」
「いや、めでたいことが続いているのだ、今日は良いだろう」
「めでたいこと?」
「言わないつもりか? 子どもが出来たのだろう?」




