新しい料理と本音
執事は予定より早い到着に慌てて出迎える。
「お帰りなさいませ、お茶会は……」
異国の姫、リズを迎え入れ、初めてお茶会の招待状が届いた。執事が見る限り、結婚式でのシチ夫妻の主人たちに対する態度は決して良いものではなかった。そこからやり手と名高いロゼと公爵家の娘であるニア夫人が泊まり込みで手ほどきしていたが、リズを送り出した後、専属の侍女たちから様々な意地悪を想定したお茶会を練習していたと報告を受け、心配で夜も眠れずに過ごしていたのだ。
「あぁ、ただいま。着いて早々悪いが湯浴みの用意と簡単な食事のあと、クロダイを用意してくれるか?」
「はっ……クロダイですか? かしこまりました。それで、リズ様のご様子は……」
「ただいまもどりました。お変わりないですか?ハミル」
「えっ、えぇ。奥様、お気遣いありがとうございます。こちらは大きな問題は起こることなく……あの、奥様は……」
「私が何か?」
まぶしい笑顔で返事をするリズに、執事はそれ以上聞く必要はないと判断する。
「いえ、お帰りをお待ちしておりました。すぐに湯のご用意致します」
「ありがとうございます。それと、これを夕食の時に出してほしいと伝えてください」
お土産のソレは強烈な臭いを放っており、執事は一体どんな寄り道をしてきたのかと思いながらも、表情筋を崩すことなくでソレを受け取った。
「……それで、どうだろう?」
水揚げされたばかりのクロダイは両手におさまる
ほどのサイズだ。リズは躊躇なく魚を持ち上げる。
「思っていたよりは小さいのですね」
「そうだな……さばいてもらえるか?」
料理長はセシルの指示通り、鱗をそぎ、頭と尾を切り落とす。骨にそって身をはがすと、大人が食べるには物足りないくらいの量がとれる。
「りょうりちょうさん、そのあたまとおを、このくらいの水で……なべで沸かして下さい」
「この頭と尾ですか? 分かりました……」
「それと、ホネはあぶらでいっぱいして下さい」
「油をたっぷりで焼くのですね、かしこまりました」
リズはほっと息を吐く。料理の単語はまだ使い慣れていない、料理長が自分の意味をくんでくれて安心する。
「まさか、骨まで使えるのか?」
セシルは驚いているようだった。出来るか分からなかったが、クロダイの骨が細くて小さめだった為、骨せんべいが作れると思ったのだ。
「お持ちいたしました」
2人は出来上がった品の味見をする。
「驚きました。まさか、捨てる予定の頭と尾からこのような美味しいスープが出来上がるとは……それに、この骨も長めにしっかり、多めの脂で火を入れますと徐々に香ばしくなりまして、ご指示通り、塩をまぶしたものと、私の方でハーブの塩を合わせた両方をご用意させていただきました」
料理長は興奮した様子で話す。セシルはスープを口にすると、魚介の風味豊かな味に驚く。モアイの店とは違うが、それは料理長の活かし方によるのだろう。いつも食べる野菜や肉のスープとは違って、塩見の効いた美味しさにいくらでも飲めそうだ。
「それと……これは、骨だよな……」
いい匂いはしてくるが、見た目もそのまま骨だ。そのまま食べて良いのか、少し抵抗感をもってしまう。
「うん、美味しいです」
リズはそのまま口に頬張り、うっとりとした表情を浮かべる。
「そうですよね!! 私も味見で驚きました。しっかり油をいれることで、骨自体柔らかいですが、パリパリとした食感、このまぶした塩のアクセントはいくらでも食べれてしまいそうな組み合わせでどれほど驚いたことか……」
料理長は勢いが止まらないといった様子だ。そこまで言われると、セシルも気になり一口かじる。
「んんっ!! んまいな!!」
思わず食べながら感想を言ってしまった。それくらい、衝撃を受けた。塩も料理長の機転で2種類食べ比べ出来、かけるものを変えるだけでまた美味しさの好みが分けられるのが特に良い。
「和の国では、食材を大切に扱うのだな……」
「私も、料理長として今一度食材の使い方を見直ささせていただきます……あの、夕飯にと持ってこられたアレは一体……」
漬物だけは、味見をしてもよく分からなかったようだった。
1ヶ月後、約束通りモアイの店にコカラの迎えを手配した。馬車でやってきた彼女は、城へ案内されるなり、2人を見て驚く。
「2人って……まさか、あの記事の2人だったの!?」
女神様の祝福と大きく載せられた新聞は、領地を超え、隣接する地域にも広まっているようだった。
コカラはまさか、そもそも領主様夫婦だったとは思っていなかったようで、新しい料理の研究にと勢いで今日まで過ごしていた。だが、迎えに来た馬車は貴族御用達の一流品で、城へ執事に迎え入れられ初めて気づいたのだ。
「あの……だますつもりは……」
「そういえば、きちんと説明していなかったな……」
「まぁ……クロダイの約束が問題ないなら大丈夫よ」
すぐに気を取り直したようだ。クロダイを用意している料理長に目を輝かしながら近づく。
「わぁ!! 初めて見るわ。これがクロダイなのね……」
「はい、こちらはこの辺りの海でしかとれず、その身は絶品と一時乱獲され姿を消したので、私も実際に見たのは初めて……」
「このスープはダシから作ったものね、うん。すごく美味しいわ!!」
「それは、どうも。奥様のご指示を参考にこちらは……」
「これは何!? やだっ!! 骨を油で焼いたのね!! ええっ!! とっても美味しい!! あなたも料理のセンスがいいのね!!」
「どっ……どうも……」
料理長相手に完全にペースの主導権をもつ。
「だけど、私ならこの骨の形はなくすわね」
コカラの一言に、彼は黙る。セシルも内心、その見た目に抵抗感を持ってしまった。そして、その抵抗感は料理長自身も否定できなかったが、リズの手前、言い出せなかった。
「……なくすとは」
「見た目こわいじゃない」
あまりにもストレートな表現だ。
「こわい、ですか?」
リズが目を丸くする。セシルは慌てて否定しようとするが、彼女に嘘をつくのはと思いとどまる。
「そうだな……慣れるまでは、そう思う者もいるかもしれない、な……」
――お、落ち込まないだろうか……
内心ドキドキしながら、本音を言ってみる。
「ふふふ、驚かせてしまってごめんなさいね」
「いやっ!! 全然だ!! むしろ、その笑顔が見れるならいくらでも、なんでも食べるぞ」
「それは、美味しいものを食べてくださいね」
「あのーー、私たちはこの骨せんべい? もう少し2人で考えてみるわね? ねっ、料理長さん!!」
「えっ? 私もですか?」
そのまま厨房に引きずって行ってしまった。




