家宝とともに
今となっては当たり前になった早朝からのスケジュール、が今朝は少し様子が違うようだ。
「国王陛下がお呼びでございます。」
「っ……?」
王の、いや父親の勘なのだろうか、結婚の話が白紙にならないようにと、父は意図的に会おうとしなかった。
月に一度の食事の場ですら、婚礼前の準備で忙しいだろうと言う理由で、なしにしていたくらいだ。
さすがにここまで話が進んでいる中で、駄々をこねるようなことはしないのだがな、と内心苦笑してしまう。
当日まで会うことはないだろうと思っていただけに、早朝からの呼び出しには驚いた。
「失礼します」
「あぁ。……かけなさい」
「はい」
呼び出されたのは、妃が過ごすために1人ずつに建てられる塔だった。初めて入る部屋に呼ばれる。
ここは……
「ここは、お前の母。リリアナの部屋だ」
母の話を父から聞くのは初めてだ。数名いる妃の中でも、父が最も愛していたと言われるリリアナ妃……その唯一の子である末王子を産み落とすと同時に息を引き取ったと、乳母から聞かされていた。
「何か聞いているか?」
「…………」
「お前は一度も、母について尋ねたことがなかったな……」
「…………」
「誤解するな。誰のせいでもなく、あの日亡くなったのはリリアナのさだめだった。それだけだ。今日は……渡したいものがある」
そう言って、黒褐色の宝石を取り出す。
「お前の……母の形見だ。黒ダイヤといって、リリアナも……先祖は異国の地から来たそうなんだ。代々引き継がれていた家宝だが、お前に渡すようにと……リリアナの故郷からも了承を得ている」
「…………」
「結婚式の日に、身につけてもらえるだろうか?」
「…………」
黙って頷いた。なんと言っていいか、分からなかったのだ。自分の母について聞いた時、乳母からは、絶対に母の話を父に聞かない約束で教えてもらっていた。
母が亡くなってから、父の憔悴ぶりは激しく、喪に服す間、仕事以外の話をすることはなかったと聞く。母の肖像画は全てこの塔の中へと移され、一切の出入りを禁じられていた。その為、ここに呼び出されていると分かった時から、なんとなく母の話をするのではないかと予想していた。
記憶にない母を恋しがらなかったことがないわけではないが、正直、今日部屋に来るまでに飾られていた肖像を見ても他人のようにしか感じなかった。
周りの他の王子たちも、そもそも母方とは離された環境で育つため、特別孤独感があったわけでもなかった。
「今回……和の国から来る姫はお前と同じ歳だということぐらいしか情報はない」
「…………はい」
「この国に来るまでの航路は1ヶ月にも及ぶ長い旅路の為、おそらく従者のみで来るだろう。姫の身内の参列はないはずだ」
「…………そうでしょうね」
和の国は小さな国だと聞く。船路は長く危険でもある為、そのリスクを背負ってまで、身内の参列はないだろうとセシルも予想していた。
「小さな国だが、その技術は素晴らしく、我が国でとれる宝石を使った装飾品の加工は……」
「あの、父上……」
「そうだな。それくらいの知識はもう知っているだろうな」
少し苦笑したあと、少し言いにくそうに話をする。
「……異国から嫁ぐということは、万が一戦争が起こった時、真っ先に人質として扱われる……そして、嫁いだ以上、これだけ離れた距離では、母国に戻ることは難しい……分かるな?」
「……はい」
本来、女性への敬意については、結婚前の最後の日、母から子へとするのが慣習だ。おそらく、父はそれをしてくれたのだろう。
「あぁ、それと……ゴホンッ、夜の扱い方に関しては……」
「〜〜別の者より聞いております」
「そうだな……少し出過ぎた話題だった」
明日はいよいよ姫が到着する日だ。長い船旅を無事に終え、新しい領地へ向かった後、すぐに結婚式を行う。
かなり慌ただしいスケジュールとなるが、その為の政略結婚だ。