特訓のせいか
「すまない、リズ!! 大丈夫か? 」
慌てて起き上がる。幸い上になってセシルがクッションになったおかげで、リズはどこも打ってなさそうだ。
「はい、だいジョウブ です」
すぐにかけつけたロゼの手をかり、リズは体勢を整える。
「良かった……ロゼ兄さん……ありがとうございます」
「あぁ……」
「えっ!? あのっ、兄さん!?」
ロゼはそのままセシルを抱きかかえる。
「旦那様!?」
「っ!?」
「念の為だ……こちらにも医者を呼んでもらうから、どこも怪我していないか診てもらっていてくれ」
「分かりましたわ」
「はい……」
2人を残し、ロゼはそのままセシルを医務室へと連れて行く。
「兄さん、降ろしてもらっても……」
「今無理をすると動けなくなるぞ……」
「何のことですか……」
「肩を痛めているのだろう」
「……」
リズには黙っていたが、先日の馬車の一件で負傷していた肩と同じところを打ってしまったようだった。悔しいが、ロゼの言う通り、無理をすれば肩が外れそうだ……
「義妹に余計な心配をさせるなよ」
「分かっています」
医務官が来て、慌てて肩の処置をしてもらう。他言しないようにと指示をして、包帯で動かないように固定してもらう。
「さて、問題はこのあとどうするかだが……」
「兄さんにダンスの相手はさせませんよ?」
「……なぜだ?」
「色々と後が大変そうなので」
「?」
話し合った結果、しばらく男女別れてそれぞれのステップを練習することにしたと伝える。
「……分かりました、あの……」
珍しくニアがセシルに話しかける。
「私のせいで、すみません、でした」
公爵家の令嬢が謝ることはない。その発言は家門を背負っているからだ。相手が身内だとしても、だ。セシルが王族といえど、ニアはその兄の第1夫人であり、よほどのことがなければ非を認めることはない。ましてやセシルは王位継承権を夫と争う相手だ。
「いや、問題はないよ」
「でも、リズさんは驚いてしまいましたわ」
セシルは驚いた。思っていたよりも、正義感の強い人なのかもしれない。
「セシル様……」
リズも心配そうにかけよってきた。
「リズ、ケガはなかった?」
「はい、だいジョウブ です」
「久しぶりのダンスで僕も兄さんと練習することにしたよ。また2人でおどれるようにがんばろう」
「はい、ガンバリます」
肩の包帯は服を着ていれば分からない。1ヶ月は固定と言われた。
――1ヶ月……脱いだらダメなのか……
「(義妹を)心配させるなよ?」
「兄さん、先ほどはどうも」
「あぁ、(義兄として)当然のことだ」
「はは」
それから1ヶ月、リズはニアと2人でレッスンを、セシルは視察と仕事の合間に、ロゼとなぜかダンスの練習をすることとなった。
「さぁ、1ヶ月!! この私が徹底的にレッスンした成果をご覧くださいませ」
リズによるお茶会、そして最後にダンスの成果発表だ。
――そういえば、夜はリズが寝入ってから帰るようにしてたから、話すことすら久しぶりだな。
朝食こそ一緒にとっていたが、食事中は話すことはマナー違反となるため、リズもそれにならい、何か言いたげではあったが、黙って食べていたようだった。胸が痛かったが、2人になれば抑えられる自信がなかった。それに、実際に忙しかったのも本当だった。
「皆さま ほんじつは、 おちゃかいにきていただき ありがとうございます」
――っ!? すごい、ゆっくりだがかなりきれいな発音だ!!
「こちらは ジャナビ産の おちゃ です かおり が つよめ ですが あまい くちあたり です」
「いただきますわ」
気のせいか、ニアは自分のことのように得意気だ。
「いただきます」
リズの淹れたお茶は説明どおり甘く、独特の香りがするが、用意されたスイーツとよく合っていた。
「ふふん、私の教えはそこら辺の令嬢とは比較にはなりませんことよ? でも、この短期間でここまでこなせたのは、リズさんが元から母国のお茶を嗜んでいたこともありますわね」
種類こそ違うが、お茶の見分け方は共通するものがある。あとはその特徴と言葉をつなげるだけだ。いかに、リズが和の国の教養高い姫だったかが分かる。
「あぁ、しかし言葉の上達には目を見張るものがあるな」
「それは、どこぞの旦那様方があまりにも夜帰ってこないものですから、私とリズさんでずーーっとお話していた甲斐があったというものですわ」
「…………」
「…………」
仕事とはいえ、意図的に帰宅を遅らせていた手前何も言い返せない。
「ふふふ、すみません。少し意地悪な言い方をしてしまいましたわ。リズさんとのお話、とても楽しくてつい。でも、本当はリズさんも旦那様とお話ししたかったのですわよ」
「も?」
「あっ、いえ、私は旦那様がご多忙なことは致し方ないことだと理解しておりますわ」
「へぇ、その割には今日はテンション高めに見えますが」
「っ!!??」
「ニアさん だんなさま すきです ね?」
「リズさんっ!!!!」
リズが嬉しそうに笑っている。
――リズが笑い合える友人が出来て本当に良かった。
同性の友人はこの先絶対必要な存在になる。それがロゼ兄さんの妻という点は気がかりだが、セシルの不安が少しやわらぐ。
「ロゼ兄さん、ニア夫人、お力添え本当にありがとうございます」
「っ!?」
「…………」
「最後のダンス披露で終了ですわ。でも、貴方の方こそ、準備は出来ておりますわよね?」
「もちろんです」
曲がなり、リズに手を差し出しその手を引き寄せる。肩の固定もとれ、ロゼ兄さんとおどった思い出すのもゾッとする日々……しかし、確実にその成果はあった。




