どうにかしたい
「うーん、挨拶は言うことないですわ。というか、そもそもあなた和の国のご令嬢ですのよね? 基本と言いますか、本質はどこも似たようなものなのですね、私が教えているのもあって、想像よりも筋がいいですわ」
ニア公爵夫人は、長期戦を思っていただけに、リズの作法の出来具合に驚いた。
「フネ ト ケッコンシキ レンシュウ デス」
「あぁ、船の渡航中と結婚式の練習で作法を練習済みなのですね、確かに、式典ではドレスでの振る舞いはそれなりに良かった、と思いますわ」
リズはニア公爵夫人が位の高い方とセシルから聞いていた。それだけに、ゆっくりと話すリズの言葉を意外にも最後まで聞いてもらえており、ちゃんと理解しようとしてくれることに驚いた。
「ありがとうございます」
「なんですの!? 急に……いくつか流暢に、上手にお話ししますのね。けれど、あまりお礼を言うものではありませんわ」
「?」
「お れ い は す こ し」
リズは頷く。うんうんとする癖も人の前ではダメと教えられたところだった。目上の人間があまりお礼し過ぎるのも良くない、ということなのだろう。
しかしお礼を言われ、彼女が顔を真っ赤にさせているあたり、喜んでもらえたのだろうと分かる。
「基本的な動作はこれくらいにして、今度はお茶にしましょうか」
「おちゃ ジシン アル」
「そういえば、旦那様も珍しいお茶を頂いたと言ってましたわ。ふふっ、どの国にも同じようなものがあるものですのね。でも、今日は授業ですので、特別に私がいれたお茶をご用意致しますわ」
「はい」
そう言って用意されたのは、リズの知るお茶とは異なり、片手でカップを持つ甘い紅茶が用意される。
「ンンッ!?」
「……慣れないものでも、表情にだしてはいけないものですわ」
ニア公爵夫人はリズの表情を真似し、バツをする。
「はい」
「宜しいですわ、ではもう一度、私の作法……まねをしてください」
優雅な手つきにお茶を少し飲み、お菓子にも手をつける。
「お相手が出したお菓子も必ず食べて、どちらかの感想をお伝えしますの。たとえば……」
そう言ってもう一度同じ所作を繰り返し
「いい香りのするお茶ですわ。エスカット産でしょうか? といった感じですわ。なので、お茶の種類を勉強する必要がありますのよ」
「ガンバル」
「とりあえず、今日は5種類のお茶の葉を覚えましょう、淹れ方にも違いがありますのよ」
「はい」
リズが公爵夫人からレッスンを受けている間、セシルは港を訪れていた。
――兄さんに何度も行けと言われたことも意味があってのことかもしれないな。見落としたことはないと思うが……
先日は誰もいなかったが、釣りをする少年を見つける。
「やぁ、ここは何が釣れるんだい?」
「あっ……女神様に祝福された領主さま?」
「……まぁ、そうだな」
「わぁ、すごいや! ここでクロダイが釣れるようになったのも領主様のおかげだって父さんが言ってた!!」
「クロダイ?」
「そうだよ、ほら、今日はこんなに釣れたんだ」
少年はバケツにいっぱいに入った真っ黒な魚を見せる。
「ふふふ、海の中では白なのに、なぜか陸に上がると黒くなるんだよな」
「それは凄いな……」
「オレの父さんが色々教えてくれるんだ!!」
「そうか、父殿は海に詳しいのか。良ければ会わせてくれないだろうか?」
「いいよ、えへへ。母さん達びっくりするだろうな!!」
連れの者には周囲に人がいれば聞き込みするよう伝え、少年についていく。
「ただいま!! 父さん、母さん!! 新領主さま連れてきたよ!!」
「もうっ、領主様ごっこはおしまいだよっ」
そう言いながらふくやかな母親が出てくる。セシルを見ると驚き、慌てて夫を呼びにいく。
「なっ!!?? 領主様っ!? なんで!?」
「突然失礼します……偶然、港で息子様にお会いしまして。話を少し聞かせてもらえませんでしょうか?」
「……漁港ですか、それは……もう昔の話ですが」
「僕はあの港を復興させたいと考えているのですが、それには地元の皆さんの考えが必要なんです」
セシルとリズは、夕食もそこそこに、ベッドに2人そろって倒れ込む。
「つ……疲れた……」
「はい……」
目が合い、おかしくて笑い合う。
「ハハ、リズもたくさん学んだのだな、お疲れ様。ニア夫人のレッスンはどうだ?」
「ニア、ヤサシイ です。コトバの ツカイカタ タクサン です。 でも、タノシイですわ」
「それは、ニア公爵夫人の話し方がうつっているな。ハハハ」
「フフッ、はい」
お互い疲れ切っているが、そのまま手を握り合う。
「明日も朝からレッスンだろう?」
「はい」
「そうか、今日はこのくらいで我慢しておく」
リズの手の甲にキスを捧げる。
「っ!?」
レッスンでは、紳士が手の甲にキスをするのは、挨拶、お近づきの印など様々な意味があるが
「下心はどうにかしてしまいたいっ!! ですわ」
「シタゴコロ」
「本当の気持ち ってことですわ……旦那様も私に対してきっと口に出さないだけで、本心はきっとそう思っているはずですもの……」
「シタゴコロ……」
「えっ!?」
「ドウニカシタイ イミ ワカラナイ……」
「いや、それは……今度言う……」




