妻としてのご指導
――ロゼ兄さん、まさかリズが可愛いのか!? いや、かわいいは確かだが、これは義妹可愛いいというやつか!? あの兄さんが!?
セシルはリズを前に微笑ましく顔をゆるめる兄を前に衝撃を受ける。
「兄さん……」
「……なんだ?」
セシルと話すといつもの気難しそうな表情に戻る。
――なるほど。
ロゼは妹を長いこと待っていた。7人弟が続き、ライバルとなる兄弟とは変に情がわかないよう一定の距離を保っていた。長男に生まれ、母方の一族から多大な期待を背負ってきており、感情を出すことをおさえてきた。
彼の密かな野望として、どうしても妹が欲しいがあった。妹が無理なら義妹でもいいと期待していたが、本気で王位継承の座を狙う弟たちは、なぜか皆実力のある年上ばかりを迎え入れるのだ。建前上義妹であるはずの彼女たちは、変にプライドが高く、夫のライバルであるロゼに、一切のスキを与えない。それどころか、色目を使う者までいる始末だ。
セシルの結婚式の日、誰に対してもやわらかげな微笑みで、まさに可愛らしいリズと挨拶を交わした時、ついに、待ちに待った『妹』にふさわしい相手が現れたと電撃が走った。結婚式を終えても、どうにか会えないかと近場をさまよっているタイミングで、セシルから誘いの手紙がきたのだ。
「あの、リズはこの国に来たばかりですので、まだ支えとなる人が数少ないのです……この国のレディとしての振る舞いも、領主の妻としての仕事も……誰か力になってもらえる方を紹介してもらえると心強いのですが」
セシルは兄を味方にしようと考えた。実力のある兄に領主としての教えをこおうとしたことは失敗のようだったが、リズに関してなら断れないのではと試してみる。
「当然だ。義兄として出来ることは力になろう」
――うまくいった……まさか、僕が兄さんを思い通りに誘導できるなんて。
「義妹よ、困ったことがあれば、いつでも義兄を頼ると良い」
リズがセシルの方をみる。2人の会話は大分慣れてきたが、まだ初対面の人との会話は早口で聞き取りにくいのだ。
「ロゼ兄さん、君の味方。助けてくれるって」
うんうんと首をふり、ロゼに笑顔を向ける。
「ありがとうございます。 オ ニイ、サン」
「っ!?」
ロゼは後ろによろめき、心臓をおさえる。
「お兄さんと、言ってくれたのか……」
「えぇ、そのようですね」
「お兄さんに、任せなさい」
「…………」
後日、ロゼの第1夫人でロザード国において、王族の次に力を持つ家紋とされるニア夫人が直々にリズの家庭教師として訪れることとなった。
――えぇええええ!? 兄さん、家庭教師はお願いしましたが、第1夫人をっ!?
「結婚式依頼だな……義妹の指導役ならば、彼女の右に出る者はいないからな」
ロゼは当たり前のようにニア夫人を紹介する。
――いやっ!? え、夫人直々に!? いやいやいや、夫人の付き人でも十分だというのにっ!!??
ニア夫人の使用人は相応の家系から選び抜かれた一流のマナー作法を持つ者ばかりだ。セシルはその中から1人紹介してもらえればと思っていたのだが、まさか第1夫人本人を連れてくるとは予想以上だ。
――絶対、怒っていらっしゃるでしょうっ!!??
「……お久しぶりですわ。旦那様が公務以外で珍しく2人で外出にとお誘いしますから、楽しみ……妻の義務としてご同行してみれば……」
――今、一瞬楽しみと言ったか?
「私が家庭教師のようなまねごとを?」
――いや、やはり怒って……
「仕方ありませんわね、その間旦那様も一緒に滞在されるようですし? 新婚以来旦那様を独占できるなんて感極まるば……普段のわずらわしいハエがいませんので、私としても悪くはないですから」
――あれ、ハエって他の夫人のことだろうか。しかも、兄さん独占できて嬉しい的なことを言いかけた? 義姉さんって確か、他の夫人たちが年上の中、唯一年下だったよな……確か、リズと近い年齢だった気が……まぁ圧倒的に高い家柄だし、兄さんはそもそも実力高いから夫人の助けもそこまでいらなかったしな……しかも、さっきから兄さんをちらちら見ている気が……
「……それで、具体的には何をして欲しいと?」
「彼女は和の国から来ている。この国のマナーやレディとしての振る舞い、妻としての役回りなどだ」
「旦那様のご希望なら、仕方ありませんが……」
「君以上の適任はいないと思っているのだが?」
「そっ!? なっ!! も!? と……当然ですわ……私以上の適任はいませんものね」
そう言ってニアはリズの手を握る。
「旦那様から任された以上、完璧になるまでとことんご指導しますわよ? その方が長く旦那様ともいられますし、ウフフ」




