表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/55

失敗作


 そこから話は早かった。寝たら全部夢でした、という展開を一瞬期待したが、いつもよりも早く起こされる。


「婚礼まで日がありません。住まいの準備に領主としての仕事内容、夫の責務や貿易関係の書類一式等々……覚えていただくことは山ほどありますので」


「…………一応、一通りやったことあるものばかりだが……」


「いいえっ!! セシル様の行動一つで我が国の今後の世界の立ち位置が決まるのです!! もう一度、念入りにおさらいしてもらわなければなりません!!」


「…………」



 月に一度の父との食事の日以外は、自分の好きな時間に起き、午後は決められた外国語の授業を受け、その後は基本自主学習する自由スタイルの生活は一変した。


 朝から衣装の採寸が終わったかと思えば、和の言語、文化を集中的に教えられる。その後も新たな住まいの改築や使用人の人数についてなど……1つ幸いなことと言えば、時間の都合上、新しく城を建てることは時間の都合上無理な為、既に建てられている古城を改築する方向性で落ち着いたことだ。もしこれが一から決めるとなれば、間取り決めや城の外観、規模や予算の計算全て行う必要がある為、内装のリフォームといくつかの部屋のみの改築程度で済んだ。




 だが、それでもやる事は多い……今まで好きなだけ寝むれていたことがどれだけ幸せだったか……あの時ちゃんと話を聞いていれば……いいかげんな返事をしたことを悔やむ。


「大丈夫ですか? セシル様……」


 お付きの使用人たちが心配するほどの密なスケジュールだ。あの引きこもることばかりの第8王子には、やはり荷が重すぎるのではと、内心思っている者がほとんどだ。おそらく、弱音くらい吐くだろうと思っていたのだが……


「あぁ……問題ない。もう少ししたら休むから、もう下がってくれていい」


「!? 失礼致しました」


 普段自室にこもることが多く、滅多に使用人たちと話すことがなかっただけに、思っていた反応とは違うことに焦る。本来王族は弱音を見せない。特に王位継承権争いの渦中であれば、なおさらだ。当たり前のように問題ないと返答するセシルに、彼もその一員であることを思い知らされる。


 頭を下げ、使用人たちがいなくなるのを確認すると、


 「無理だーーーーーーっ、花嫁の衣装まで僕が決めるのかっ!? 無理だろうっ」


 他のことはともかく、花嫁に関しての情報がなさすぎる。女性側のことまでこちらが決めるのは異例だが仕方ない。彼女は今海の上にいるのだから、セシルがその分動かなくてはならないのだ。


 それにしても、今まで色んな国の言語を広く学んできたが、和の国に絞ったレッスンは意外にも興味深いものだった。深く調べるほど、他の国の言葉よりも繊細な表現が多い。


「文字だけでも種類があるのか……面白いな、時間があればもう少し見てみたいものだが………」


 

 本をひと通り目を通し、もう少し早く注目すべきだったと残念に思う。とにかく今は言葉のやり取りを中心におさえるしかない。父は体裁を保つ為にと外国語を学ばせていたが、勉学は嫌いではなかった為、自主学習も……自分なりに真面目に取り組んできたと思っている。


 社交場ではかけひきのある会話や利益を考えた人間関係に嫌気が指し、馬は好きだが、剣や乗馬はすぐに負けを認め、競おうとすらしなかった。


 会話も最低限にし、レディの誘いは断るのはマナー違反だった為、警備で身の回りを固め、すきをついては社交の場から姿を隠すようにしていた。繰り返すうちに、公務以外での外出は減ってゆき、ようやく息が出来るようになっていた。







 「まるで、人形だな」


 試着の婚礼衣装を姿見の前で確認する。以前は頻繁に参加していた社交会がある度に、こうやって新しい衣装を作っていた。


 いいご令嬢との縁を、気の合う仲間を作れるきっかけにと、父なりの配慮だろうと分かっていた。成長期だったこともあり、服の丈が合わなくなっていたことも理由の一つだが、一度袖を通しただけの衣装が山ほどあるのだ。


 兄たちはそれを当たり前のように来ていたが……いや、本来権威の象徴として振る舞おうと思うのであれば、それが正しいのかもしれない。




 幼少の頃、町の視察をと出かけた時、多くの民が着古した服を着ており、少し薄暗い路地裏にはボロボロの布をまとっているだけの者の姿が見えた。


 自分よりも幼い子が、首に鎖をつけられ、目の前で引きずられる。思わず護衛から離れ駆け寄った時、ムチで打たれるその子の代わりに働くかと怒鳴られた自分は何も言えなかったのだ。



 動かない足、働かない頭……何のために学んできたのだろうか。


 誰ぞやが権威を持つ者は誰よりも強く、その為に法や歴史を学ぶのだと言っていた。自分は……何も出来ないではないか……


 強い無力感から抜け出せなくなってしまった。




 「…………失敗作だな」


「おっ、お気に召しませんでしょうか?」

 衣装係たちが慌てる。


「いや……気にしないでいい。衣装は十分だ」

「?」


 失敗作、僕のことだ。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ