女神からの祝福
「素晴らしい式だったな……」
父はセシルがその胸ポケットに黒ダイヤを飾っていることを喜ぶ。
「ありがとうございます」
「父上、ありがとうございます。これから町を馬車でまわるのでゆっくり出来ませんが、今日はお泊まりになりますか?」
「いや、王都からそこまで離れていない。また今度の機会にとしよう……晴れて夫婦となったのだ、落ち着いたらまた忙しくなるぞ?」
正式な夫婦となったのだ、おそらくリズを介して和の国とコンタクトを取るつもりなのだろう。政略結婚だということを思い知らされる。
――やはり、リズはこの国からすれば駒に過ぎないな……そして、僕もそうなのだろうが。
父の次に祝福の声をかけたいと待ち構える兄たちに目をやる。
「やぁ、セシル!! まさかお前が城を出られるとはな……」
そう言いながら肩を組んできたのは7番目の兄、シチだ。セシルが引きこもりだということを兄たちは当然知っているが、その中でも年の近い7番目は、父がセシルにばかり気にかけることを良く思っていなかった。
「まぁ、でも若くて良かったじゃないか!! 他の兄さんたちも皆家紋こそ立派だが、年上ばかりだしな……俺の妻だって、愛人をつくるたびに嫌味を言うもんだ。まったく、妻に不満だからって分からないもんだな。異国の嫁なんて言うから物珍しさで来てみたが……可愛いらしいな。もしお前では手に余るようならいつでも声をかけてくれ。他の妻を追い出してもいいからな」
「シチ兄さん……」
何かと嫌味を言うシチが昔から苦手だった。適当に話を合わせ、さっさと離れようと思っていると
「やめないか、ここはセシルの土地だ。花嫁への礼儀をわきまえろ……」
「いっ!? ロゼ兄さん……肩が……いたたたっ」
1番上の兄が引き離す。年がひと回り以上離れ、昔から口数の少ない兄だったが、その管理下にある領土はどれも豊かさを保っており、圧倒的な威厳を放っている。なぜか威圧するようにセシルの隣で腕を組んで立つため、他の兄弟たちは当たり障りのない挨拶を交わすとさっさと帰っていった。
「……おめでとう。お前とまた話せて良かった」
「ロゼ兄さん、今日は来てくれてありがとうございます」
「あぁ、外での式とは考えたな……王族ではなく領主としてこの地に挨拶したとよく伝わってくる」
――さすがはロゼ兄さんだ……すぐにその意図に気づいたのか。
「それと……」
ロゼはリズの方を見ると、正式な挨拶をする。
「第一王子で兄のロゼです。ご挨拶が遅れ申し訳ない……この度は祝福を申し上げます」
他の皆がリズを無視するなか、身内の挨拶がこないリズに声をかけてくれた。リズは一瞬驚いたが、嬉しそうに微笑むと挨拶を返す。
「……ありがとうございます。ホンジツハ……心より感謝申し上げます」
船の歓迎式の日を思い出す。あの時、綺麗だと見惚れた彼女が自分の妻となるなんて……
「顔がゆるんでいるぞ……」
ロゼに頭を軽くはたかれ、慌てて気を引き締める。
「……ようやく義妹が出来たのだ、何かあれば頼れ」
そう言ってロゼは去って行った。
――ん? ロゼ兄さん、何か言っていたような…
考えるまもなく、馬車の出発の準備が整う。
「新領主様! 奥方様! こちらにっ!!」
「あぁ、では行こうか。 リズ……」
リズの手をとり、新領主としての初の仕事、町に行く。
「あれが新領主様……?」
「長いこと放置しといてようやく……」
「でも、女神様に挨拶をしてくれたらしいわよ」
「王族ってプライド高いと思っていたけれど、式には領民も参加できるようになっていたらしいよ」
「ふーん、思ったよりいい人そうだね」
「第8王子って本当にいたんだな……」
「隣の奥方様は異国の人らしいわ」
「大丈夫なのか?」
「でも、綺麗な人だわ」
「誓いの言葉聞いた? すごく素敵で……」
パレードでは、民からの視線を痛く感じるが、全て笑顔で対応する。
――長いこと放置してきたんだ、マイナスからのスタートは覚悟している……
その時、子どもが馬車の前に飛び出してきた。急ブレーキで止まる勢いに、リズは大きくバランスを崩す。慌ててセシルが庇うように倒れ、背中を強く打ちつける。
「領主様っ!? 奥方様っ!? ご無事でしょうか!!??」
「リズ、怪我はないか? ダイジョウブ?」
リズは大きく頷く。
「あぁ、問題ない。それよりどうした?」
「それが、子どもが飛び出してきまして……」
見れば3才くらいの女の子が飛び出してきたようだ。その母親らしき女性が、赤ちゃんを2人抱えながら慌てて前に出る。
「申し訳ありませんっ、掴んでいた手が離れてしまい……」
「お前たち、新領主様はこの国の第8王子で王族の方だ。そして奥方様もまた和の国の姫君で……」
衛兵に腕を掴まれ、母親はその話で顔を青ざめる。王族への無礼は極刑が求められる。
「待て!!」
セシルが馬車から降り、膝をつき、女の子に話を聞く。
「怪我はないか?」
頷くのを確認し
「危ないだろう、どうして飛び出して来たんだ?」
「……お姫様に会いたかったの……」
セシルは女の子を抱えると、リズの元へ連れて行く。
「君に会いたかったそうだ……アイタイ キミ」
「…………!!」
リズは女の子の頬を優しく持つと
「ありがとう…… デモ アブナイ メッ!!」
指でバツを作り、少し怒った顔をする。そして、花冠の花を1つ取ると、女の子へ渡す。
「ヤクソク モウ ダメ……」
「もう危ないことはするな、分かったな?」
「うん」
その時、パレードの間雲におおわれていた太陽が顔を出し光がリズをつつむように見えた。
「女神様が新領主様と奥方様を祝福しているわ」
皆が興奮し、歓声をあげる。
「……怪我がなく良かった。怖がらせたな……こたらの護衛に戻れ」
そう言ってセシルは母親に子どもを返すと、馬車に戻り、パレードを続行させる。
「ありがとうございます」
衛兵は母親を放すと、再び馬車の後ろの隊へと戻っていった。