ここが僕らの新居地
「これは…………」
到着が1日遅れてしまったこともあってか、町の雰囲気はかなり薄いリアクションだった。兄たちの同行をした時には、新たな領主を歓迎してお祭りが開かれることもあったというのに……
――もしや、昨日一度先に行かせた王宮からの馬車が空っぽだったことが民に失望させてしまったのか? いや、それにしても反応がなさすぎる……
これではリズに不安を抱かせてしまう、内心焦りながら新しい住まいに到着する。
「お待ちしておりました、セシル様、リズ様」
執事らしき者を筆頭に、屋敷中の使用人たちが外で出迎える。
――良かった、とりあえず城の者たちからは歓迎されてないわけではなさそうだな。
リズをエスコートしながら馬車を降りる。
「到着が1日ずれてしまったが、今日から領主となるセシルだ。隣は妻となる予定のリズ姫、流れは事前に連絡した通りだが、遅れた分に関しては……」
セシルの挨拶に、執事は号泣している。見れば、他の者もハンカチで目を抑えている。
――いったい何事だ……
「申し訳ありません……1日千秋の思いで到着をお待ちしておりました故、ようやく、空っぽではない馬車の到着に、感極まってしまいまして……」
「到着の遅れは1日だけのはずだが……」
「……こちらの領地は、長いこと領主様不在の状態で、王都の管理下にあったのですが……やはり、現地視察のない仮の管理下では運用がうまくいってない状況でして……セシル様が成人後統治されるとだけ聞き、そのまま長らく領主様不在のままだったのです……王都からの返事はいつも保留でして……」
――なんてことだ……王都の管理下はあくまでも一時しのぎの対策だ。現地に領主がいない統治などありえない。
兄たちに合併されていたと思っていた領地が、自分が引きこもることで放置されていたままだったとはと、己の不甲斐なさに後悔が押しよせる。
顔もほとんど知られていない第8王子のために用意されていた領地となれば、引き継ぎたいと望む者もいないだろう、これまで自分がなんの人脈も築いていなかったツケが、民へまわっていたのだ。
「……そうか、長らく不在にしてすまなかった。昨日の遅れに関しては指示をしている通りだ。結婚式までは予定が詰まっているが、終わり次第、領地の埋め合わせも進めていく……」
セシルは使用人たちの前で謝罪をする。その隣で見ていたリズも頭を下げる。
「殿下っ!? そのようなことは……」
「ここには領主としてきた。責務を怠った謝罪を受け取ってほしい」
セシルとリズの謝罪に、執事は困惑と安堵を覚える。長い間放置され、ようやく来てくれたかと思えば、昨日は空の馬車が到着した。我々のことなど気にも留めていないのだろうと諦めていたが、このような身分の高い方が全員の前で頭を下げ、問題に向き合うと宣言してくれた。昨日の指示はしっかりとされていた。もしかしたら、今までの放任は本当に行き違いがあっただけなのかもしれないと、少し期待してしまう。
「中にお入りください、お二方のために準備は万全でございます」
ようやく、主が出来たのだ。不安は多いが、謎の多い殿下と異国の姫に誠心誠意仕えてみようと腹にくくる。
――驚いたな、ここまで整えてくれているとは……
城の改築については何度も打ち合わせを行い、事前に指示していたが、実際に目の当たりにするのは初めてだ。古いと聞いていた城は、セシルやリズが使う部屋以外にも修理されているようで、カーペットも新しく敷いているようだ。
「地元の大工の好意で、見積もりより安く改築していただいたんです、手紙を送ったのですが、返事がなく、勝手なことですが余った予算を他の修理や備品の入れ替えなどへ回させて頂きました……」
そういえば、決定事項になったものは後回しにし、優先事項の高い順に目を通していたことを思い出す。執事は領主やその妻の次に予算の管理権を持つ為、彼がしたことを責めるつもりはない。
「いや、良い。今後は予算の管理はリズと共に対応するが、当面落ち着くまでは城の管理は……」
「ハミルでございます」
「ハミル、君に任せよう。あとで簡単に目を通しておくから、帳簿を持ってきてくれ」
「かしこまりました。2階には、御二方の部屋をご用意させてもらっています」
セシルの部屋はシンプルにしてもらったが、書斎に負けない程の本立てのスペースを設けてもらった。2人の部屋の間は行き来出来るような造りになっている。
「そして、隣がリズ様のお部屋でございます」
「ワァ……」
普段は表情を崩さないリズが、驚きと嬉しそうな声をもらす。リズの部屋は畳が置かれ、布団や掛け軸、ローテーブルに座椅子まで用意された和洋室になっている。セシルは和の国の文化について調べ、どうせ改築するならと、妻の快適性を考えた。寝る時くらいゆっくりして欲しい、そう思い、輸入品を取り寄せ依頼していたのだ。
「キニイッタ デスカ?」
「ありがとうございます」
低くしてもらってても、ヒールに慣れない足は限界だった。そっと畳の前で靴を脱ぎ、そのまま座る。にっこり微笑む妻に、予算を割いて良かったとグッときた。