2人の関係
朝、お腹が満たされ久しぶりに1日ゆっくりと過ごせたリズは、誰に起こされるわけでもなく、いつも通りの時間に起きる。
「〜〜っ!?」
隣では、セシルが昨夜ベッドをこの部屋に持ち運ばれ、床で寝ようとしたのをなんとか強引にベッドへ誘い、端の方で布団にくるまるように眠っている。初めて見るその寝顔に、そっと髪をなでてみる。
――昨日の様子だとセシル様が指示したわけではなさそうね……船に乗ってから、初めておコメを食べれたわ。それに、飲み物も果実水ですごく美味しかったわ……
異国に嫁ぐことが決まった時、リズは自ら立候補した。相応の家柄で、親兄弟と離れ、言葉も文化も違う見知らぬ土地に嫁ぐなど、希望する者はいない。主君の妹であるリズが行くことこそ、示しがつくというものだ。
1人で行く、犠牲になるのは私だけで良いと、付き人を母国に置いてきた。その条件をのんでくれるなら、異国の地に骨を埋めましょうと、愚かにも兄である主君に条件を出したのだ。ロザード国が求めているのは、花嫁で、従者は不要、郷に入れば郷に従うことこそ、和の国の美徳だと訴えた。母国の従者を連れていけば、逃げ場を作ってしまうことになる。他国で生きる覚悟がにぶるとつっぱねたのだ。
船での生活は想像を超える過酷さだった。ロザード国の従者に、言葉の教えを乞う。
――完璧な発音を……和の国の恥になってはいけない。
従者はたくさんの単語をと説いたが、絶対に使う文の発音を繰り返し集中して練習した。おかげで、覚えた言葉の発音はお墨付きをもらえたが、それ以外はあやふやな状態だ。
――笑われてはいけない。でも、出来ることならいい人と夫婦になりたいものだわ……
同じ歳、少なくとも歳の差がないことに安堵した。それ以外の情報はない。兄からはただ一つ条件を出していた。独身の者に限らせよ、と。せめて、夫となる者がリズに向き合ってもらう時間は多いほど良い、いらぬ苦労はなるべく省きたい兄なりの配慮だろう。
「ん?」
朝方にようやく寝ついたセシルは、目を覚ます。
「おはようございます」
挨拶は特に必死に練習した。だが、自分から話すことに恥ずかしさもあった。でも、彼に挨拶をしたいと思った。
「…………」
ぼーっとするセシルだが、すぐに状況を理解する。
「〜〜〜〜っ!! あっ、おはよう……え!? 今、おはようと……」
「フフフ」
挨拶をした照れくささと、こんなに喜んでもらえるなら、もっと早く言えば良かったのにと思う。
「旦那!! おはようございます!! 奥方とは仲直りは出来ました?」
店主はいい仕事をしたでしょう?とニヤついている。
「あぁ、あれは一体……」
「仲直りの旅行か何かでしょう? でなきゃあんな豪勢なドレスを買ったり、多額のチップを渡したりしませんもんね。そういう気を回せという意味だとしっかり受け取っておきましたよ!!」
「あぁ……」
――早急にチップの相場を調べておく必要があるな。
宿のドアをノックする音が聞こえる。店主が扉を開けると、仰々しい馬車と大勢の護衛が立っている。
「ひっ!? なんですか、一体……」
「セシル殿下、リズ姫様、お迎えに参りました」
護衛たちがひざまずき、店主の後ろに立つセシルに挨拶をする。
「セッ……でんっ!? ひっ!?」
店主の顔色はこれでもかと青くなる。まさか、先日から騒ぎになっている王家のセシル殿下が、とパニックだ。
「ごっ、ご無礼をお許しください〜〜っ」
「この者が何か無礼を?」
店主の態度に、護衛体調がセシルに尋ねる。
「いや、世話になった。身分を隠しての急な泊まりだったが、最高のもてなしをしてもらった。あとで礼を頼む……」
「かしこまりました」
リズの着替えを改めて頼み、支度を終え宿をあとにする。
「1日遅れとなりましたが、僕たちの新しい住まいです。行きましょう」
そう言って、リズの手を握る。昨日までの固く疲れた表情とは変わって、セシルにそっと寄り添う。
馬車は新領地を目指し出発する。